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天ぷら男
今日は、クリスマス。

世界中の人々がキリスト生誕を祝う日ですが・・・同時に、映画史にその名を永遠に残す20世紀の喜劇王、


 チャールズ・チャップリン


の命日・没後40周年にあたります。


       


1889年、イギリス・ロンドンに俳優だった両親の間に生まれたチャップリンですが、その両親が1歳の時に離婚し、母親に育てられました。

span style="font-size: 1em;">その母親に行き交う人々の様子をパントマイムで特徴を捉えることによる、人間観察の大切さを幼い時から教えられたとか・・・。


これが終生にわたり〝パントマイムこそが世界共通語〟という彼の信念となり、彼の出演作品の殆どがサイレント映画になったバックボーンとなったようです。


しかし彼が7歳の時に母親が精神病で施設に入れられたため、10歳の時には木靴ダンス専門の一座に加わり、更に12歳の時に父親がアルコール依存症で亡くなったため、彼は異父兄シドニーと2人で孤児院等を転々としながらアルバイトで生活を支えたといいます。

※1952年に公開された『ライムライト』の撮影時、子役の見事な演技を見た彼は自らの辛い幼少時代を思い出し号泣・・・しばらく撮影ができなかったそうな。


19歳の時フレッド・カーノー劇団に入って酔っ払いの演技で頭角を現し、同劇団のアメリカ巡業時に映画プロデューサーに見出され喜劇俳優としてデビューする機会に恵まれたことで、大きく彼の運命が変わります。


1914年に34本もの映画に出演すると、翌年にはエッサネイ社、更に翌年ミューチュアル・フィルム社に好条件で移籍。 


数多くの秀作を世に出したチャップリンは、1918年にファースト・ナショナル社と年間100万ドル以上という破格の契約を結び、世界的な大スターに。


彼自身2作目で演じた「小さな放浪者(The Little Tramp)」スタイル・・・【窮屈な上着・ダボダボのズボンに大きな靴、山高帽にステッキでちょび髭にガニ股歩き】・・・これが本人すら予想もしなかったチャップリンのトレードマークとなりました。

       


しかし彼が活躍したのは2度の世界大戦があった政情不安な時代であり、極右・極左両派から批判されたり、1952年には赤狩りの影響を受けてアメリカ政府から事実上の国外退去処分を下されてしまいます。


彼が再びアメリカの地を踏むことが出来たのはそれから20年後、アカデミー特別名誉賞を手にした時でした。


1975年、生まれ故郷イギリスのエリザベス2世よりナイトに叙されサー・チャールズとなったチャップリンは、その2年後の1977年12月25日、88歳でこの世を去ったのです。


チャップリンは運転手として採用した高野虎市という日本人の誠実な仕事ぶりを高く評価し、一時は全ての自宅使用人を日本人にするほどの親日家に。


あのステッキも滋賀県産の竹で作られており、4回も来日しています。 


初来日した1932年5月14日の翌日に五・一五事件が勃発。 


この時彼は首謀者らに命を狙われたのですが、犬養首相との面談をキャンセルして相撲見物に行ったおかげで難を逃れました。


そしてその直後に日本橋 『花長』 で海老天36尾を平らげて以来、すっかり天ぷらに魅入られたチャップリン。


その後も連日のように食べ続け、〝天ぷら男〟というあだ名がついた程だったとか・・・。


そんなチャップリンの作品の中で、私が最もお気に入りなのは、1936年に公開された 『モダンタイムズ (Modern Times )』


       


80年以上前の音楽付きサイレント・ムービーながら、機械文明に振り回される彼の姿は今観ても大いに笑え、また考えさせられる名作だと思います。


年末年始には様々な新作映画が上映されますが、チャップリン映画を楽しみつつ新年を迎えるのもしよろしいかと・・・。

あらためて20世紀・激動の時代を生き抜いた、天ぷら男 
ジャナカッタ  喜劇王のご冥福をお祈り致します。笑3


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