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TBC

・・・と言っても、エステサロンの話じゃありません。

おそらく日本人、特に私を含めた中高年層でやったことのない方は殆どいないであろう、


 ボウリング

このスポーツの歴史は古く、紀元前5,200年前に作られたエジプトの王墓からは木製の球とピン(?)が出土しているとか。


ヨーロッパでは500年前に大流行しましたが、当時はピンが9本。


現在のような10本ピンになったのは19世紀末のアメリカで、当時のルールが現在でもほぼ受け継がれているそうです。

そのボウリングが日本にもたらされたのは、1861年。

長崎・出島にあった外国人居留地にボウリングサロンがオープンするという広告が英字新聞〝The Nagasaki Shoping List and Advertiser〟に掲載され、これが日本初のボウリング場とされています。


しかし本格的に日本でボウリングが普及したのは、それからずっと後・・・大東亜戦争終戦後のこと。

進駐軍の基地内に兵士のリクレーション用にボウリング場が次々と建設され人気があったことに着目し、日本初の民営ボウリング場


 東京ボウリングセンター


が東京・青山に完成したのが、今から65年前の今日・1952(昭和27)年12月20日の事でした。

       

戦後の混乱期にこのような遊技場の建設は、当時奇跡的とまで言われたとか。

実際、建設費の調達もままならない外国為替管理制度の中、レーンの輸入許可をいかに手に入れるか、またGHQや国内省庁の説得など、問題山積。

用地は大蔵省払い下げの旧学習院戦災地跡(現・港区青山北町)に決まったものの、ボウリング設備の輸入の際には課税対象の品目になかったため横浜港の税関担当官が手続きに手間取り、搬入が大幅に遅れた、なんて逸話が残されています。

font color="#000000">難産の末に完成したボウリング場の開場パーティには皇族や政財界の要人が集まり、華やかなスタートを切ったそうな。


       

              オープン直後のTBC室内


 その後天候に関係なく楽しめる手軽なスポーツとして徐々に人気が高まり、最高潮に達したのは女子プロボウラーが登場してから。

1970年にテレビマッチで中山律子プロが女子初のパーフェクトゲームを達成して一気にブームに火が付き、その2年後には並木恵美子プロの年間賞金獲得額が1,000万円を超え、全プロスポーツの最高額に。


当時は、それこそネコも杓子も玉転がしに熱中・・・私の住んでいた長野の田舎町にも、120レーンもある巨大ボウリング場が建ち、そこで順番待ちの行列が出来たんですから、今では考えられないフィーバーぶりでした。


しかしその後オイル・ショックなどの影響でブームは一気に下火に。

その後何回かちょっとしたブームが起こったものの、最盛期の1967(昭和42)年で3,697ヶ所・113,281レーンあったボウリング場も、昨年では784ヶ所・22,781レーンと、往時の約20%。

とはいえ、現在ではゴルフより遥かに安く楽しめるということで、高齢者には健康増進を兼ねて根強い人気があるとか。


もう鬼籍に入られていますが、人間国宝だった浄瑠璃の人形遣い・吉田玉男氏が80歳過ぎて筋力・体力維持のため毎日のように奥様とボウリング場に通っていたドキュメンタリー映像を観たことがあります。


高齢化が進む今後、またボウリング・ブームが起きるかも。 

な~んて言ってる私ですが、もう20年以上ボウリングはご無沙汰。


久々に、会社近くのボウリング場に足を運んでみようかナ。


ちなみに、皆さんのハイスコアは何点ですか?


私は高校時代に出した203。

・・・もっとも、今やれば100点超えがやっとでしょうけど。うー


そもそもは悪魔祓いの宗教儀式だったそうですが、ピンを弾き飛ばすという人間の本能と言って良い〝破壊願望〟を満たすボウリング・・・ストレスが溜まった方には、オススメです。

もっとも、ガーターばかりじゃますますイライラしちゃうかもしれませんが・・・。
あせあせ


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