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E=mc²

表題の算式、どこかで見た・・・という方、多いと思います。


【 エネルギー(E)=質量(m)×光速度(c)の二乗 】


この 〝質量とエネルギーの等価〟 を表わすといわれる有名な関係式を発表したのが、


 アルベルト・アインシュタイン

     Albert Einstein


今日・4月18日は、この〝20世紀最高の物理学者〟といわれた天才の命日・没後60周年にあたります。


アインシュタインは1879年にドイツ・ウルム市で生まれます。


5歳頃まであまり言葉を話さず、大人になってからも言語障害が残ったとか。


しかし一方、父親からもらった方位磁石がキッカケで自然界に興味を持つようになり、何と9歳の時には自力でピタゴラスの定理を証明、12歳でユークリッド幾何学を独習し微・積分を理解したとのこと。


やはり〝栴檀は双葉より芳し〟ってことでしょうネ。

1900年にチューリッヒ連邦工科大学を卒業後、家庭教師のアルバイトで食いつないだアインシュタインは、1902年スイス特許庁に審査官として就職。


翌年に結婚し、1905年に 『特殊相対性理論』 に関する論文を大学に提出。


残念ながらこれは大学側に受け入れられなかったものの、その後も論文を次々と発表。


無名だった特許庁職員の名は、徐々に物理学界で知られていきます。

      ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-Albert Einstein


そして1907年に、題記の式を発表。


その2年後に特許庁を退職してチューリヒ大学の助教授となり物理学に専念。 


1916年には 『一般相対性理論』 を発表します。


その3年後、彼の 「光は星の重力によって曲げられる」 という主張が、皆既日食の観測を行った他の科学者によって証明されます。


相対性理論と共に彼は物理学界において不動の地位を得ることとなり、1922年にノーベル物理学賞を受賞。


世界各地を講演したアインシュタインは日本を大変に気に入ったようで、新橋の天ぷら弁当が大の好物だったとか。


(※アインシュタイン夫妻が来日した際、京都・奈良旅行に通訳として同行したのが、当時京都帝国大学の学生で、後に第一次南極観測越冬隊長を務めた西村栄三郎氏でした。)


1955年4月18日に腹部動脈瘤破裂により76歳で天に召された天才科学者が後世に残した功績は、計り知れないものがありました。


ところで、彼が残した有名な 「相対性理論」・・・一体どんなものなのか、私は一時期興味を持ってこんな雑誌を買い求め勉強したことがあります。(


       ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-Newton


図解入りで、非常に分かりやすく説明してあるのですが・・・所詮は文系人間の悲しさ、殆ど理解できず仕舞い。


でも、アインシュタイン自身の


「熱いストーブの上に1分間手を当てれれば、まるで1時間位に感じられるが、かわいい女の子と一緒に1時間いると1分間くらいにしか感じない・・・これが相対性なのです。」


という説明で、何となく分かったような・・・。


個人的には、もし彼が存命であったなら、


「宇宙戦艦ヤマトのワープ航法は、実現可能なのかどうか?」


を是非問うてみたいところです。あせあせ



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