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最 後

今日は、徳川幕府最後の将軍にして、また日本史上最後の征夷大将軍でもあった

 

徳川 慶喜

の命日にあたります。

       


慶喜は1837(天保8)年に第9代水戸藩主・徳川斉昭の七男として江戸・小石川の水戸藩邸で生まれました。

生後7ヶ月目で水戸に移され、以後9年間同地で過ごした彼は非常に英明だったそうで、1847年に第12代将軍・家慶から一橋家の家督を継ぐよう命じられ江戸へ出府し、一橋慶喜と名乗るように。

1853年にその家慶が病死し、次の将軍となった家定が病弱で男子を作れる見込みがなかったため、幕府内で将軍継嗣問題が浮上。

しかし一橋派だった阿部正弘・島津斉彬が相次いで亡くなったため、井伊直弼の裁定で家茂に決着。

慶喜は井伊大老による〝安政の大獄〟で隠居謹慎の処分を受けますが、大老が桜田門外の変で暗殺されたことで謹慎は解除。

島津久光らの介入により将軍後見職に就くと、朝廷との交渉役として上洛。

しかし交渉は上手くいかず、更に開国派だった慶喜は島津久光らと対立して将軍後見職を辞任し、禁裏御守衛総督に就任して長州藩と対立する一方、諸外国から強く要求された安政五ヵ国条約の許諾を得るため奔走し、勅許取得に成功。

ところが1866年に家茂が大阪城で亡くなると、第15代将軍の座に。

※ただし本人は将軍になりたくなかったようで、しぶしぶその座に就いたのは家茂の死後5か月近く経ってからでした。

将軍になってからの慶喜は、フランスからの援助を受けて横須賀製鉄所や造船所を建設したり、軍制改革を実施。

また老中の月番制を廃止して陸・海軍総裁や会計総裁を置くなど、組織の近代化に着手。

そして薩長が武力による討幕運動に進むことを予期した彼は、内乱を防ぐため1867年10月14日に京都・二条城にて大政奉還を行いました。

       

※この絵は教科書に掲載されるほど有名ですが、最近公表された越後新発田藩家臣の記録によれば、大広間で慶喜と面会したのは薩摩藩の小松帯刀、土佐藩の後藤象二郎ら6人が残っただけで、大勢の前で宣言したわけではなかったそうな。

しかし薩長はそれに満足せず、朝廷を制圧すると同時に慶喜の排除や幕府領地の返納を要求して新政府樹立を宣言。(王政復古)


これに反発した慶喜は、謹慎していた大阪城から会津・桑名藩兵とともに京都に向け進軍し、薩摩藩兵らと武力衝突。

1867年1月3日に勃発した鳥羽・伏見の戦いで旧幕府軍が敗退した際、自ら指揮する旧幕府軍の兵に


「千兵が最後の一兵になろうとも決して退いてはならぬ」


と厳命しておきながら、自身は陣中に伴った側近や妾、老中の板倉勝静ら数名の取り巻きと共に開陽丸に乗り込み、江戸に逃げ帰ってしまったのです。

衆院選の開票日に自分だけパリ出張で日本を離れた某新党代表を彷彿とさせますが、こんなトップが率いる組織が勝てるわけはなし。

これにより薩長には慶喜を朝敵とした追討令が下り、新政府軍が東征を開始、旧幕府軍は制圧されるにいたり至ります。

※この辺りの経緯については、こちらの過去記事をご参照ください。


  
https://ameblo.jp/warmheart2003/entry-11856545383.html


その後水戸で謹慎した後、同年7月に徳川家が駿府に入封されると、慶喜も駿河の宝台院で謹慎。


これによって、遂に徳川政権は終焉の時を迎えたのです。


戊辰戦争後に謹慎を解除され、以後静岡に居を構えた慶喜は、写真や狩猟、囲碁などの趣味に没頭し、旧幕臣とは会おうとしなかったそうな。

まぁ、会えないでしょうネ。


       


1897年には東京に転居し、1902年には侯爵に叙せられ、貴族院議員も務めた彼が76歳でこの世を去ったのは、1913(大正2)年11月22日・・・奇しくもケネディー大統領と同じ命日となりました。

慶喜は徳川の歴代将軍の中で最も長命でしたが、彼のために戦い命を落とした数多くの旧幕府軍の兵士たちとあの世で出会ったら、果たして何と声をかけるのでしょう?

個人的にはこういうトップの部下にはなりたくないです・・・が、反面もし慶喜が薩長軍と徹底抗戦していたら国内は焦土化し、諸外国から漬け込まれて日本も植民地化されていたかもしれません。

ところで、私たちが学校で習ったりする明治維新前後の近代史は、ともすると薩長に都合の良い解釈がなされがち。

別の角度から近代史を見つめ直したいという方には、こちらの書籍をオススメします。


 『明治維新の正体 徳川慶喜の魁、西郷隆盛のテロ
                  (鈴木壮一・著 毎日ワンズ・刊)

       


同書は、当時の日本を狙う諸外国の事情も併せて書かれており、世界史的な見地から幕末~明治維新の歴史がよく分かります。

坂本龍馬や西郷隆盛ファンの方が読むと、目を剥くかもしれませんが・・・。
うー

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