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志 士

今日は 、『七五三』。


その歳になるお子さんをお持ちのご家庭では、朝からおじいちゃんやおばあちゃんも巻き込んで大騒ぎかもしれませんネ。


実は、この11月15日は皆さんもよくご存じの〝幕末を一塵の嵐の如く駆け抜けた〟志士・・・そう、あの


 坂本 龍馬


の命日であり、今日は没後150周年にあたります。

         

龍馬は1835(天保3)年、偶然にも命日と同じ11月15日に土佐の裕福な商人の家に生まれました。

17歳の時に江戸に出て千葉周作の弟・定吉の道場に入門し、
22歳で北辰一刀流免許皆伝に。


その後は、幕末の政治混迷の中に身を投じ、亀山社中や海援隊の創設・薩長連合の仲立ちを行うなど、大政奉還までの日本に大きな影響を与えました。


そして時代が明治に変わる寸前の1867(慶応3)年11月15日・・・中岡慎太郎らと京都・近江屋2階にいたところを十津川郷士と名乗る者他数名 (※身元は未確定。 京都見廻組説が有力なれど諸説あり) に急襲され、絶命。 


まだ33歳という若さでした。


私が彼の名を初めて知ったのは、『巨人の星』 を読んでいた時のこと。


父・星一徹が息子・飛雄馬に語った、


「死ぬ時は、例えドブの中で死んでもなおっ、前向きで死んでいたい・・・それが男だ。」



これが坂本龍馬の残した言葉だと聞き、


(へぇ~、カッコいい事を言う人がいたんだなァ・・・。)


と感じ入ったことを、今でも憶えています。


しかし彼の存在は、存命中よりもむしろ後世で有名になったようです。


古くは日露戦争の時代、皇后陛下の夢枕に彼が立った・・・という逸話が新聞紙上に掲載されたことで彼の名が広く知られることになり、更に司馬遼太郎の小説 『龍馬がゆく』 でその人気は決定的なものになりました。


拳銃を持ち歩いたり、妻・お龍と日本で初めて新婚旅行をしたり、また日本で初めてボウリングをした・・・等々、龍馬に関しては様々なエピソードがありますが、その多くは後日創作されたもの。

実は、『巨人の星』 のエピソードも、原作者・梶原一騎の創作だとか。


しかし同時代を生き抜いた人々の証言は、彼の真の姿を物語っているはず。


「彼れはおれを殺しに来た奴だが、なかなか人物さ。 

その時おれは笑って受けたが、沈着いてなんとなく冒しがたい威厳があってよい男だったよ。」 (勝海舟)


「天下に有志あり、余多く之と交わる。 

然れども度量の大、龍馬に如くもの、未だかつて之を見ず。 

龍馬の度胸や到底測るべからず」 (西郷隆盛)


「坂本は近世史上の一大傑物にして、その融通変化の才に富める、

その識見、議論の高き、その他人を遊説、感得するの能に富める、

同時の人、能く彼の右に出るものあらざりき。」 (陸奥宗光)


国内にとどまらず海外にまで目を向けた広い視野と見識、自由自在かつ柔軟な発想、大胆な行動力・・・まさに 「志高き武士」=〝志士〟といえましょう。


まっこと、男が憧れる男です。笑3



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