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・・・といっても、音楽の話ではありません。

今日は、20世紀のファッション業界をリードした名デザイナー、


 クリスチャン・ディオール

       Christian Dior


の命日・没後60周年にあたります。


       

ディオールは1905年に、第二次世界大戦の連合軍上陸作戦で有名なフランス北西部のノルマンディーで生まれました。

肥料製造で成功した父親のおかげで裕福だった彼は、外交官になって欲しいという両親の願いに反し、芸術の道へ。

父親から資金を提供してもらって1928年にアートギャラリーを持ち、ピカソらの絵画を扱ったものの、世界恐慌によって父親が資産を失ったことでギャラリーは閉鎖。

しかし1937年にスイス生まれのデザイナー、ロベール・ピゲに雇われたディオールは、彼からデザインの基礎を学びます。

(同時期に、ビエール・バルマンもピゲの下で学んでいたとか。)


徴兵で一旦は兵役に就いたものの、1942年に除隊した彼はリュシアル・ルロンのファッションハウスに参加。

不本意ながらも生きるためにナチス高官夫人のドレスなどをデザインしていましたが、終戦後の1946年にマルセル・ブサックの後援を得て自身のクチュールメゾンをパリに立ち上げます。

その翌年に発表したコレクションは 〝ニュールック〟 と言われましたが、これは戦後まもなくの物資不足の中でふんだんに生地を使ったデザインだったため、女性からも抗議を受けました。

しかし時が経つにつれて物資不足が解消すると共に反感は薄れ、逆に女性のボディラインを強調したデザインは受け入れられるように。

彼の〝ニュールック〟はパリを再びファッションの中心地にすると共に、彼自身も1947年から10年間にわたりオートクチュール界の頂点に君臨。

しかし、その絶頂期であった1957年10月23日に休暇先のイタリアで心臓麻痺により急逝・・・まだ52歳の若さでした。

今や服飾だけでなく化粧品・バッグ・宝石などあらゆる分野にディオール・ブランドは進出していますが、そんな世界とは無縁の私にも、ディオールには忘れられない思い出が。

それは、若かりし頃に取引先からプレゼントされた、ネクタイ。

柄が、まさにディオールそのもの・・・こんな感じでした。

       

金融業界のサラリーマンにはちょっと派手なため、1,2回しか締めたことがありませんでしたが、結婚直後にこのネクタイを見つけた女王様が、

「こんな派手なネクタイ、ごっついアンタには似合わないワ。」

と、ゴミ箱にポイ。

もちろん、反論は許されませんでした。

この日以降、私の持ち物からCDブランドは消えたのです・・・。うー

改めて20世紀を代表するデザイナーの冥福を祈ると共に、あっさり捨てられたネクタイの供養もしようかと。笑3


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