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闘 士

歴史上〝革命家〟は何人も出現してきましたが、筋金入りの・・・といえば、私はまずこの人物の名が思い浮かびます。


  チェ・ゲバラ

    Che Guevara


今日は、キューバ革命の立役者であり、その後も革命活動のため世界を飛び回ったこのゲリラ指導者の命日・没後50周年にあたります。


       


嘗てペルー副王だったホセ・デ・ラセルナの末裔として、アルゼンチン・メロサリオでマテ茶の栽培農園を営む裕福な家庭で1928年に生まれた未来の革命家・ゲバラ(本名:エルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナ)は、意外にも未熟児で生まれた虚弱体質児でした。


しかし愛情深き両親が彼の喘息を治すために田舎町に引っ越すなどの努力を重ねます。

残念ながら、それでも彼は生涯を通じて喘息に悩まされましたが、11歳の時に大規模な鉄道ストライキが起きた時には、悪ガキ共を集めてパチンコ隊を組織し町中の街灯を割りまくったそうですから、生まれついての〝革命児〟だったのかも。

勉学にも励んだ彼は見事ブエノスアイレス医科大学に合格し、
在学中に幼馴染みのグラナドスと南米をバイク(※途中で故障)旅行する中でマルクス(共産)主義に共感。


卒業後に再び南米旅行に出た彼は、ボリビア革命に衝撃を受けた後グアテマラで医師をしている時に女性活動家イルダ・ガデアと出会って結婚してから、急速に革命活動へと傾倒していきます。


そして時のグアテマラ革命政権がアメリカの支援を受けた反政府勢力によって倒されると、武力によるラテンアメリカ革命を目指すように。


新政権から暗殺指令が出されたため家族と共にメキシコに逃れたゲバラは、そこで運命的な出会いを果たします。


その相手とは、後にキューバ革命を目指すフィデル・カストロでした。


身長2m使い大男で演説が上手い反面文章を書くのが苦手なカストロと、身長170cmそこそこで弁舌は冴えないものの文章を書くのが得意だったゲバラは妙に馬が合ったのか、出会ったその日に彼はキューバ革命参戦を決意。

ゲリラの訓練を受けた後、妻子を残して単身キューバに密航。


この頃、彼に打ち解けたキューバ人達から彼の口癖である 「チェ(※おい!というような意味)」 をとってチェ・ゲバラと呼ばれるようになったそうな。


山中を転々としながら軍医として仲間の面倒を見たりラジオ局を設立するなど徐々に仲間の信頼を得るようになったゲバラは、やがてその忍耐強さやリーダーシップを評価され、キューバ人でないにも関わらず革命軍でカストロに次ぐ№2の地位に。


       

                ゲバラ(左)とカストロ


そして1958年12月、ゲバラは革命軍を率いてキューバ第2の都市サンタ・クララに侵攻し、制圧。


翌年元旦にバティスタ大統領がドミニカに亡命し、その1週間後にカストロがハバナに入り、キューバ革命が成功。


ゲバラはその武勲によりキューバの市民権を与えられると同時に、新政府の国立銀行総裁に就任。

(この頃イルダと正式に離婚した彼は、副官同然だった同志アレイダ・マルチ・デ・ラ・トーレと再婚し、後に4児をもうけています。)


翌月にはバティスタ派の裁判および600人もの処刑を行う責任者をも務め、その後革命のヒーローとなった彼は(特産品の砂糖・葉巻などの売り込みのため)各国を外遊。

日本にも来訪して12日間滞在し、政府要人と会談した他に
広島の原爆記念碑に献花したり、ソニーの工場などを見学しました。


しかしカストロ政権が対決姿勢を取ったため、アメリカは砂糖の輸入停止などキューバに対する経済制裁を実施。


追い詰められたキューバは国内のアメリカ資産を全て没収。


1961年1月にアメリカと国交を断絶し、中ソら社会主義国に接近・・・一色触発の緊張状態(キューバ危機)に。


ギリギリのところでソ連がキューバのミサイル基地撤去に同意し武力衝突は回避されましたが、工業相に就任し外遊を続けた理想主義のゲバラはアメリカだけでなくソ連をも批判し始め、キューバ国内で孤立を深めます。


結局ソ連から圧力をかけられたカストロは、ゲバラを政権から外すことを決断。 (※それ以前にチェがキューバから離れることで合意していたという説有り。)

1965年、彼はまたしても妻子を残したままキューバを離れることに。


アフリカ各地を訪れコンゴで反政府組織に加わり、チェコにも数ヶ月滞在。 


一旦キューバに極秘帰国した彼は1966年11月、南米ボリビアに潜入。

反政府活動を指導し当初は優勢でしたが、徐々に政府軍に押され・・・政府軍に捕えられた翌日の1967年10月9日、オルトゥーニョ・ボリビア大統領の命令により銃殺されました。 


享年39歳。

遺体は身元を隠すため両手首を切断されて極秘裏に埋められ、その場所が特定されたのは、死後30年経ってからでした。


自らの理想を追い求め革命活動に生涯を捧げたゲバラは、今でも南米諸国では絶大な人気があるといいます。

       
            
『チェ・ゲバラ伝』 (三好徹・著 文春文庫)


射殺される際、引き金を引くことを躊躇う兵士に、


「落ち着け、そしてよく狙え。 お前はこれから一人の人間を殺すのだ。」


という最期の言葉を遺したというゲバラ・・・その主義・主張はともかく、金銭に執着せず公私のケジメをキッチリつけるなど、その潔い生き様には好感が持てます。


そんな彼の生涯を映像で観たい・・・という方には、日本では2009年に公開された

 『チェ』

(※ 『チェ 28歳の革命』 『チェ 39歳 別れの手紙』の2部作)


の鑑賞をお勧めします。


       

これは彼が亡くなる2日前まで書いた日記  “Reminiscences of the Cuban Revolutionary (邦題:革命戦争回顧録)” を基にした作品。

娯楽性は一切なくドキュメンタリー・タッチで描かれており、彼の革命に賭ける生き様を緊迫感をもって描いています。

但しある程度彼の足跡を知ってから観ないと、筋立てがよく分からないと思います。


軽々しく 「命がけで」 と口にする我が国の政治家、特に批判ばかりに明け暮れて全く国家観・政治信念のないどこかの野党議員には、是非観て欲しいですが・・・。うー


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