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昭和の時代は、向こう三軒両隣・・・隣人の名前や家族構成、職業等々を知っているのが当たり前の時代でしたが、現代ではマンションの隣人の名前はおろか顔すら知らないのが当たり前。

ネットの普及も相まってプライバシーの保護が個人・法人問わず重要視される時代になりました。

その大きな転換期になったといえる、日本で初めてプライバシーが争点となった

 『宴のあと』 裁判


の判決が出されたのが、今から53年前の今日・1964(昭和39)年9月28日・・・まさに東京五輪開催直前のことでした。


訴えたのは、元外交官・衆議院議員で外務大臣も務めた有田八郎(1884-1965)氏。

そして被告となったのは、あの三島由紀夫(1925-1970)氏。

彼が1960年に雑誌 『中央公論』 1~10月号に連載した後、同年11月15日に新潮社より刊行した 『宴のあと』 という小説が問題となったのです。


       


この作品は、高級料亭の女将が、高邁な政治理念を掲げた政治家を愛し、彼のために選挙違反をも厭わず支えたものの、結局彼は立候補した都知事選で落選。

その失望感の中で、結局彼とは別離を迎える・・・という筋書きなのですが、有田氏はこの政治家が明らかに自分がモデルでありプライバシーを侵害されたとして、損害賠償100万円と謝罪広告を求め、原作者の三島氏と出版元の新潮社を告訴したのです。


有田氏は前妻を亡くした後、59歳の時に37歳の料亭の女将・畔上輝井(あぜがみ てるい)さんと再婚し、1953年に故郷・新潟から衆院選に出馬し、当選。

この時の選挙資金として2千万円を奥さんが用立てたとか。


しかし1955年に行われた2度目の選挙に落選し、その直後に革新統一候補として東京都知事選に立候補するも敗北。

4年後にも再挑戦して落選しましたが、この時の選挙資金調達のため奥さんが料亭を売り払い、店の収益をも全て選挙準備に投じたものの、約1億円の借金が残ったそうな。


自宅を売却した有田氏と、その後店を再興しようと夫の政敵である吉田茂氏らから資金を提供してもらった奥さんとの間に大きな溝ができた末に離婚していますから、誰がどう見ても主人公のモデルが有田氏であることは明白。

もし当選していれば訴えなかった・・・というか作品にはなっていなかったでしょうが、死人にムチ打つような出版に我慢がならなかったのでしょう。

まぁその心情は分からぬでもありませんが。


   
          有田氏                   三島氏

当時は〝プライバシーの侵害〟という言葉が流行ったそうですが、東京地裁が下した判決は、


「言論・表現の自由は絶対的なものではなく、他の名誉・信用・プライバシー等の法益を侵害しない限りにおいてその自由が保障されているものである」


として、謝罪広告は認めなかったものの80万円の支払いを命じる原告勝訴の判決を下しました。

被告側はこれを不服として控訴しましたが、その翌年に原告の有田氏が死去したため、結局遺族と和解が成立。

しかし三島氏は、後日この東京地裁の判決以降、裁判を信じなくなったとか。


ところで、『宴のあと』 はともするとこの裁判ネタとしてのみ扱われがちですが、文学作品としては非常に評価が高く、諸外国で翻訳・出版されている秀作。

英訳したドナルド・キーン氏も

「この小説で、三島は19世紀フランスの手法で小説を書ける能力を実証したと言える」

と絶賛しています。

政治の裏舞台や男女の機微を描いた同作品、まだお読みでない方は、是非!


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