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帰 還

昭和世代なら、この方の名前をご記憶のはず。

 横井 庄一 さん


今日は潜伏先のグアム島で発見され、戦後28年目にして祖国に帰還を果たしたこの元日本陸軍軍曹の命日・没後20周年にあたります。


横井さんは1915(大正4)年に現在の愛知県愛西市に生まれました。

小学校卒業後、約5年間洋品店に勤務し、1935年に徴兵検査を受けて召集され陸軍に入隊。

4年後に除隊して洋服の仕立て屋を開きましたが、これが後のサバイバル生活に大いに役立つことに。

1941年に再召集された横井さんは満州に配属された後、所属部隊は1944年2月に釜山から出港し翌月グアムに到着。

同年7月、アメリカ軍の上陸・猛攻で2万人いた日本兵の殆どが戦死し、生き残ったのは僅か1,300名ほど。

母親の手元には戦死の知らせが届いたそうですが、横井軍曹はジャングルの奥地で仲間と共に密かに生き延びていました。

当然1945年8月に日本軍が降伏・終戦したことも知らず、また同島では何度も終戦を知らせ投降するよう放送が流されましたが、横井さんらはそれを信じられず。

その後もジャングル内で生息する動植物を食べながら生き続け、また
木の皮を剥いでアク抜きして繊維を作り、それを手製の機織り機で布にして縫い上げたといいます。


また地元民の食糧を奪わなかったことで存在を気づかれなかったことが、長らくジャングルで生き延びた要因だったとか。

しかし1965年頃、一緒に潜伏していた戦友2人が亡くなり、横井さん唯一人に。

そして1972年1月24日、罠を仕掛けようとしていたところを地元の漁師に発見・保護され、その一報が届いた日本では、大騒ぎに。


       


飛行機で31年ぶりに祖国に帰ってきた横井さんの記者会見での第一声は

恥ずかしながら生き長らえておりましたけど。」

これが〝恥ずかしながら帰ってまいりました〟という、その年の流行語に繋がりました。


       

その後すっかり時の人となった横井さんは帰国したその年に結婚し、郷里の名古屋市に居住。

※結婚した翌年に奥様を連れて新婚旅行でグアム島に行った際、長年暮らした竪穴に案内したそうですが、高温多湿で新妻はすぐに出てきてしまったそうな。
そんなところで、よくもまぁ30年近くも暮らせたものです。
ただし現在その竪穴は崩落しており、近づくことすらできないとか。


その後も全国からサバイバルに関する講演依頼が引きも切らず、忙しく全国を飛び回った横井さんは、何と1974年には参院選に立候補。

さすがに落選しましたが、その後は平穏な生活に戻ったそうな。


       


そしてジャングルでの過酷な生活が祟ってか、ヘルニアや胃癌などを患い病気がちになった横井さんは、1997年9月22日に心臓発作により82歳でこの世を去ったのです。

生前、「(自分が獲って食べた)カエル・カタツムリ・ネズミの慰霊碑を建てて欲しい」と奥様に頼んでいたという、心優しき元日本兵のご冥福を、あらためてお祈り致します。


※横井さんの願い通り、奥様は横井さんのお墓の隣に、慰霊碑を建立されました。


現在、名古屋市中川区富田町にある自宅の一部を、奥様が館長を務める 『横井庄一記念館』 として開放されているそうですので、お近くにお越しの方は是非お立ち寄りください。

無料で見学できますが、開館日は毎週日曜日・午前10時~午後4時30分に限られているそうですので、ご注意を!


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