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統 制

戦後、連合国最高司令官総司令部(GHQ)は、占領下の日本をコントロールしやすくするよう、様々な規制をかけました。

その中のひとつに


 プレスコード

すなわち報道機関の統制があります。


その第一弾となるSCAPIN-33(連合国軍最高司令官指令 第33号『日本に与うる新聞遵則』 (日本出版法) を発令したのが、今から72年前の今日・1945(昭和20)年9月19日(発布は21日)のことでした。

※ラジオ局に対する 『日本放送遵則』 の発令は、3日後の9月22日。


       
                 
 SCAPIN-33


当初GHQは、連合国批判にならない制限付きながら言論の自由を奨励していました。

ところが9月15・17日に朝日新聞が原爆投下を批判する記事を掲載したため、GHQは同社に2日間の業務停止を命令。

その直後にこの遵則を発令したのです。 

その中身は、「日本に言論の自由を確立せんが為茲に日本出版法を発布」 し、「言論を拘束するものに非ず寧ろ日本の諸刊行物に対し言論の自由に関し其の責任と意義とを育成せんとするを目的とす」 としています。

具体的な項目としては、


報道は絶対に真実に即すること

◇直接又は間接に公安を害するようなものを掲載してはならない
◇連合国に関し虚偽的又は破壊的批評を加えてはならない

◇報道記事は事実に即し、筆者の意見は一切加えてはならない

◇報道記事は関係事項や細目を省略する事で内容を歪曲してはならない


等々・・・。

一見まともな条件に見えますが、実際には非常に厳しい検閲を行っていました。

 


文芸評論家・江藤 淳  氏(1932-1999)の調査によれば、


◆GHQや極東軍事裁判に対する批判
◆GHQが日本国憲法の起草をしたことに対する批判
◆米・英・露ら連合国に対する批判
◆支那・朝鮮人に対する批判
◆神国日本・軍国主義・ナショナリズムの宣伝

等々30項目につき厳しく検閲が行われ、1947年3月時点ではGHQの将校・下士官168名に検閲スタッフ370人、それに加えて日本人(!)嘱託約5,700人が毎日新聞記事全てをチェックしていたそうな。


       
       『閉ざされた言語空間』 (江藤淳・著 文春文庫・刊)


更には一般市民の手紙・私信のうち月400万通を開封・検閲し、電信・電話も盗聴していたそうですから、その徹底ぶりは凄まじいばかり。

※新聞・雑誌の検閲だけでなく、ラジオ放送を通じて日本国民を洗脳しようとしていたことは、拙ブログでもご紹介しました。(↓)
   https://ameblo.jp/warmheart2003/entry-11580893989.html


このプレスコードは1952(昭和27)年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効まで続けられました。

とは言え、その影響は歪(いびつ)な形で残されています。    


例えば、GHQが報道統制を敷くため新聞記者を対象に組織した国会記者クラブが、そのまま講和条約後も存続しています。

また印刷物や放送の検閲だけでなく、これに違反すると思われる人物を占領期間中に悉く公職追放したため、彼らに代わってプレスコードをそのまま活かしておいた方が都合の良い左翼主義者らが、現在もメディア業界で勢力を保っているのです。

現在の新聞・雑誌・テレビが、記者やコメンテーターの個人意見をさも世論の代表・社の意見であるかのように垂れ流し、逆に支那・朝鮮人の悪行は殆ど報じず批判もしないのは、皆さんもご承知の通り。

このメディアの歪みを修正しない限り、日本の未来は明るくならないでしょう。
うー


 


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