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弾 丸

今月、遂に日本人として初めて桐生選手が9秒98をマークして、10秒の壁を破った、陸上競技の華・男子100m。 


マラソンもオリンビックの陸上最終種目として閉会式前にレースが行われるなど注目される競技ですが、過去のマラソン金メダリストを記憶している方は、意外と少ないのではないでしょうか?


オリンピックで4冠を達成したカール・ルイス、彼のライバルであったベン・ジョンソン、そしてモーリス・グリーン、アサファ・パウエルときて、五輪3連覇を達成した現在の世界記録(9秒58)保持者ウサイン・ボルト・・・。


100mを制した選手は〝世界最速の男〟として、人々の記憶にその名を留めているはず。


その中に、私が子供の頃に観た1964(昭和39)年の東京オリンピックで、圧倒的な強さで金メダルに輝いたスプリンターがいます。 


今日は、当時〝褐色の弾丸〟と言われた


     ボブ・ヘイズ

 Robert Lee “Bullet Bob” Hayes

の命日・没後15周年にあたります。


        


彼の名を未だに憶えているのは、当時〝人類で初めて10秒の壁を超えられる男〟 として大きな期待がかかっていたから。


1960年、アルミン・ハリー選手(西独)が〝人類の限界〟 といわれていた10秒0を記録してから、人々の注目はいつ誰がこの壁を越えられるのか?・・・この一点に絞られていました。


そんな中、1942年にフロリダ州ジャクソンビルに生まれ、フットボールの奨学金でフロリダA&M大学に進んだヘイズは、1963年に米国内で100ヤード (91.44m) 9秒1の世界新記録を樹立。

そして人類の限界を越える男として人々の期待を一身に背負い、東京・国立競技場のトラックに立ったのです。


しかし残念ながら、彼にはいろいろな意味でツキがありませんでした。


まずは天候。 決勝当日まで、東京は4日連続の雨。 


当時のトラックは煉瓦を砕いて敷きつめたアンツーカーだったため地盤は緩んでおり、しかもヘイズの走るのは中・長距離ランナーが何人も走って荒れていた第1レーン。


そんな悪条件の中でも、ヘイズは快走! 


10秒0の世界タイ記録で金メダルを獲得したのですが・・・実は、彼にとって決定的な不運がもうひとつあったのです。


それは、タイムの計測方法。

それまでの公式記録は、3人の公式記録員が手動のストップウォッチで計測したタイムを採用していました。


東京五輪でも、彼の手動計時は9秒9が2人と9秒8が1人・・・つまり規定上は9秒9の世界新記録誕生のはずだったのです。


ところが日本が誇る時計メーカー・セイコーグルーブが技術の粋を集めた電動計時の正確性が高く評価され、東京五輪からその電動計時が公式記録として採用されていたのです。


       
        左に並んでいるのが計測員、右下の円筒が電子計測機器 


日本の高度な精密技術が、彼の栄誉を阻んでしまった・・・という皮肉。


ヘイズは五輪翌年、プロフットボール選手としてダラス・カウボーイズに入団。


俊足のワイドレシーバーとしてプロボウル出場3回、スーパーボウルにも2回出場し、史上初の〝オリンピック金メダリストにしてスーパーボウル優勝リング獲得選手〟となりました。


       


しかし、彼の栄光はここまで・・・現役引退後は麻薬に手を出して服役生活も送るなど、決して恵まれた後半生とはいえませんでした。


そのヘイズが多臓器ガンにより59歳でこの世を去ったのが、2002年9月18日のこと。


もし東京五輪が手動計時採用のままで、ヘイズが陸上競技史に 〝人類で初めて100mで10秒の壁を破った男〟としてその名を刻んでいたら、彼の人生は少なからず変わっていたでしょう。 彼自身、


「国中が(私のことを)忘れちゃったみたいだナ」


という寂しいコメントを残さずに済んだかもしれません。うー


これも〝歴史のイタズラ〟といっては、あまりに切ないでしょうか?

市川崑監督の映画 『東京オリンピック』 の決勝レース・シーンで彼の力強い走りを観ながら、〝褐色の弾丸〟の冥福を祈りたいと思います。笑3


   https://www.youtube.com/watch?v=ztRL-QMI1NY


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