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男 気

人間、誰にでもチャンスは3回訪れる・・・なんてことを言う方がいらっしゃいますが、そのチャンスを確実にモノにした政治家といえるのが、

 山村 新次郎 

一時は日本中の誰もがその名を知ることになった元・衆議院議員の命日にあたります。


山村氏は1933(昭和8)年に現在の千葉県香取市に生まれました。

実家は江戸時代から米穀商を営む名家で、当主は代々新次郎名を継いでおり、彼は11代目。

先代(10代目)の父は予算委員長などを歴任した衆議院議員であり、彼はその後継者として学習院大学を中退し、父の秘書として早くから政界に関わりました。

31歳だった1964年に父の後を継いで衆院選に立候補し、初当選。

これから・・・という彼の名を一躍有名にしたのは、(先月拙ブログで記事にした)1970年3月31日に起きた 『よど号ハイジャック事件』 でした。


たまたま当時運輸政務次官を務めていた山村氏は、よど号が着陸した韓国・金浦空港に急行。 


犯人と交渉し、自らが身代わりとなることで人質全員の解放に成功。

記者会見で 「次官は盲腸と言われているが、役に立つ盲腸だってあっていいじゃないか。」 と粋なセリフを吐いて、人質と入れ替わる形で機内に入り、北朝鮮へ。

帰国後、彼は内閣総理大臣顕彰を受けると同時に、〝男・山新〟〝身代わり新次郎〟などと言われ国民的ヒーローになりました。


 
  無事羽田空港に戻ってきたよど号から先頭で降りたつ山村氏

おそらく彼は、この身代わりを政治家として一世一代の大勝負の場面だと判断したのでしょう。

それが証拠に、身代わりとしてよど号に搭乗した際、犯人に 「ご迷惑をかけて本当にすみません」 と声をかけられると、

「いやいや、これで次の選挙は大丈夫だよ」

と笑顔で返したそうですから・・・。

実際、次の選挙ではトップ当選を果たし、 その後農水大臣や運輸大臣を歴任。

個人的にはハマコーさんと同じく男気を感じさせる好きな政治家でした。


衆院予算委員長も務め、自民党内でのキャリアを重ねて行ったのですが・・・彼の政治生命を突然奪ったのは、ライバル候補でも病魔でもなく、実の娘でした。

今から23年前の1992年4月12日・・・自宅で当時24歳の次女に包丁で刺殺されてしまったのです。

周囲には伏せられていたそうですが、実は彼女には精神疾患があったとのこと。

この翌日には自民党訪朝団の団長として北朝鮮を訪問し、22年ぶりによど号事件の犯人たちと面会する予定だったのですが、それは叶わぬ夢となってしまいました。

学生時代はボクシングに熱中し、県の高校チャンピオンになったという山村氏・・・勝負所は本能的に察知する能力はあったのでしょうが、さすがにセコンドたる身内に命を奪われることまでは予知できなかったようです。

心神喪失により責任能力なしと判断された次女は不起訴となりましたが、4年後に自殺。

代々政治家として続いた山村家からは、以後国会議員は出ていません。

かつて国民的ヒーローだった男・山新のご冥福を、お祈り致します。笑3

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