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自反尽己

今日は、私の愛読誌・月刊『致知』10月号に掲載された致知出版社・藤尾秀昭社長の巻頭エッセイを編集・抜粋にてご紹介致します。

          ◆     ◆     ◆     ◆

自反尽己(じはんじんこ)とは、自らに反(かえ)り己を尽くすことである・・・といっても、今ひとつ分かりにくいかもしれない。

平たくいえば、自反とは指を相手に向けるのではなく自分に向ける。 全てを自分の責任と捉え、自分の全力を尽くすことである。

自反は孟子がよく説いた言葉である。 『孟子』に いう。

「ここに人有り。 その我を待つに横逆(おうぎゃく)を以てすれば、則ち君子は必ず自らに反るなり」

ここに一人の男があって、自分に対して非道無礼な態度を取るとしたら、相手を批判するのではなく、有徳の人は必ず自らを反省する・・・というのである。

この自反に尽己を加え、一つの言葉として提唱したのは安岡正篤師であろう。

先哲の教えを凝縮すれば、この一語に帰するといってもよい言葉である。


       


禅の名僧・山本玄峰師があるところで講演した。


それを聴いていた刑務所の所長が、この話を是非受刑者に聴かせたいと思い、刑務所はすぐ近くだから、ちょっと寄って話をして欲しいと頼んだ。

次の予定があると侍者が断ったが、
玄峰師はそれを制して 「10分くらいなら」 と刑務所に立ち寄ることにした。

にわかに集められた受刑者たちは騒めいていたが、彼らを前に玄峰老師は開口一番、

「済まなかったなぁ」

と謝ったという。

仏法という素晴らしい教えがあるのに、坊さんが怠けて広めないでいるために、皆さんにこんな不自由させてしまっている。 

本当に申し訳ない・・・と詫びたのである。

会場は静まり返り、涙する姿があちこちに観られたという。

見知らぬ人たちが罪を犯したことも自分の責任と捉え、自分が出来る精一杯を尽くす。


玄峰老師は自反尽己に徹した人であったのだ。

(今年4月に亡くなられた)渡部昇一氏は、幸田露伴について語る中で、露伴の 『努力論』 にあるこんな言葉を紹介している。

「大きな成功を遂げた人は、失敗を人のせいにするのではなく、自分のせいにする傾向が強い。」

そして渡部氏は、こう付言している。

「失敗や不運を自分に引き寄せて考えることを続けた人間と、他(人)のせいにして済ますことを繰り返してきた人間とでは、かなりの確率で運の良さが違ってくる。」

またiPS細胞でノーベル賞を受賞した山中伸弥氏は、

「うまくいった時はおかげ様、うまくいかなかった時は
身から出た錆」

を信条にしてきたという。

そしてあの松下幸之助翁もこう仰っていたとか。

「僕はな、物事がうまくいった時にはいつも皆のおかげと考えた。
うまくいかなかった時はすべて自分に原因があると思っとった。」


自反尽己・・・人が生きていく上での最も大事な根幹が、この四文字に息づいていると思うのである。

         ◆     ◆     ◆     ◆


最近の日本では、自反することなく他人を批判する人が政治家ばかりでなく市井の人々にも少なからず見受けられます。

権利を主張する前に、まず自分が義務を果たしているかどうか、足元を見直すべきかと。

脚下照顧。


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