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北 欧

クラシック音楽に興味のない方でも、この曲の出だしは聴き覚えがあると思います。



今日は、この有名なピアノ協奏曲を創ったノルウェーの国民的作曲家

 

 エドヴァルド・ハーゲルップ・グリーグ

  Edvard Hagerup Grieg


の命日・没後110周年にあたります。


       

 

グリーグは1843年、スウェーデン統治下だったノルウェーのベルゲン市で5人兄弟の4番目(兄1人、姉2人、妹1人)として生まれました。

母親がピアニストで幼少時から音楽に親しんだ彼は、〝北欧のパガニーニ〟といわれた親戚のヴァイオリニスト兼作曲家オーレ・ブルにその才能を見出され、彼の勧めで15歳の時から3年余りライプチヒ音楽院に留学し、作曲とピアノを学びます。


そして1863年から3年間デンマークのコペンハーゲンに移住し、作曲家ニルス・テーゼに師事しましたが、この時に、彼の人生を大きく左右する出来事が。

それは、幼馴染の従妹でソプラノ歌手だった、ニーナ・ハーゲルップとの出会いでした。


二人はやがて恋仲になり、彼女の両親ら家族の猛反対を押し切って1867年に結婚。


挙式の際には家族が欠席したそうですが、二人は仲睦まじい夫婦となり、グリーグは数多くの作品を彼女に捧げました。

愛娘アレクサンドラも生まれた幸せの絶頂期に、冒頭ご紹介した有名なピアノ協奏曲を作曲したのです。(1868年)


※しかしその長女は、1歳で夭折。 その後2人の間に子供はできませんでした。


       

                 グリーグとニーナ


その直後ノルウェーの楽団の指揮者に就任し生活が安定した彼は、ピアニストとしても生涯演奏活動を続ける傍ら、作曲にも注力。

曲想としては、次第にノルウェーの民謡や伝承音楽に傾倒するようになり、その代表作として『抒情小曲集』がありますが、彼の作品で最も有名なのはこの曲でしょう。




戯曲 『ペールギュント』 の作者ヘンリック・イプセンの依頼によって1874~75年にかけて作曲されたこの名曲・・・特に出だしの 『朝』 はその名の通り、起きる時に聴けば心地よい朝を迎えられること請け合い。


人間的にも成熟し正義感も強かったという彼でしたが、1901年頃から健康状態が悪化。

1905年に母国ノルウェーが独立したのを見届けた2年後の1907年9月4日、64歳でこの世を去りました。

国民的英雄として、彼の肖像画は旧500クローネ紙幣に描かれていたグリーグは今、故郷ベルゲンの自邸下の岩山に、愛妻ニーナと共に安らかに眠っています。

非常に小柄だったという彼は、演奏旅行の時はもちろん寝る時も常に小さな蛙の置物や子豚のぬいぐるみを手放さなかったとか。

それは早くに亡くなった愛娘の代わりだったのか・・・そんな彼の演奏が録音で残っています。

それを聴きながら、北欧の生んだ〝小さなショパン〟の冥福をあらためてお祈り致しましょう。



 


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