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理 念

4年毎に行われる〝オリンピック〟・・・このスポーツの祭典の開催を提唱したのは、皆様もご存知の


 ピエール・ド・クーベルタン 男爵


今日は、この 〝近代オリンピックの父〟 の命日・没後80周年にあたります。


          


1863年にフランス貴族の家系に生まれたクーベルタンは、当時の貴族の子息同様士官学校に学び、軍人や官僚を目指しますが、普仏戦争に敗れた母国を立て直すためには教育が重要と考え、教育者の道を歩み始めます。


 


元来フランス愛国主義者で大のイギリス嫌いだった男爵でしたが、パブリックスクール視察のため渡英した際、当地の学生が生き生きかつ紳士的にスポーツに取り組む姿勢を見て感激。


すっかりイギリスを崇拝するようになり、スポーツを取り入れた教育改革の必要性を痛感します。


さらに階級・慣習に捉われないアメリカ社会を視察して刺激を受けた男爵は、やがてスポーツを通した国際交流が世界平和に繋がるという認識を深めたとか。           


1852年にギリシャでオリンピック遺跡が発見され、その後ヨーロッパ各地で 〝オリンピック〟と銘打たれた競技会が行われていたことに注目した男爵は、古代オリンピックの復活をスポーツ教育発展の場と位置づけ、1894年6月にパリ万博を機に開催されたスポーツ競技者連合会議で 『オリンピック復興計画』 を提唱。


これが満場一致で採択され、国際オリンピック委員会(IOC)の設立と、第1回大会を2年後の1896年・アテネで開催することが決定したのです。

    
       
初代IOCメンバー(クーベルタン男爵は左から2人目)


そして予定通り、1896年4月6~15日まで、記念すべき第1回アテネ五輪は開催されました。

14の国と地域から245人の選手(男性のみ)が集まり、陸上・水泳・体操・重量挙げ・レスリング・フェンシング・射撃・テニス・自転車の8競技(43種目)が行われたそうですが、資金難のため優勝者には金ではなく銀メダル、2位に銅メダル、3位には賞状が渡されたとか。

またこの大会は個人参加だったため、出身国が違う選手の混合チームが存在したそうな。

    


ちなみに、クーベルタン男爵の名言として私たちがよく耳にする、


〝オリンピックは、参加することに意義がある〟


実はこれ、男爵のオリジナルではないのです。


それは1908年に開催された第4回ロンドン大会でのこと。


当時関係が冷え切っていた米英関係の煽りでイギリスの観客から嫌がらせを受けていたアメリカ選手が、気分を落ち着かせるためにセント・ポール大聖堂の聖餐式に出席した際、タルボット大司教が最初にこの言葉を選手たちに投げかけたのだそうな。


これに感銘を受けた男爵が、各国関係者が集まった晩餐会でこの言葉をパクッて・・・・あっ、いや引用してスピーチしたことで、彼の言葉として後世に伝わったとか。


(しかしその言葉を発した男爵自身、1912年の第5回ストックホルム大会の芸術競技 (絵画・彫刻・音楽などを採点し競うもの) にエントリー、しっかり金メダルを獲得しているんですけどネ。)あせあせ


なお、男爵の名誉のために申し添えますが、オリンピックのシンボルともいえる五輪のマーク・・・あれは間違いなく彼の発案によるものだそうです。


    


教育のために復活し崇高なアマチュアリズムを堅持してきたオリンピックでしたが、1984年のロス五輪以降商業主義に転換・・・今ではプロ選手の参加が当たり前。


1937年9月2日に74歳で亡くなった男爵は、自身の理念からは全く乖離した現代のオリンピックを、草場の影からどんな思いで見つめているのでしょうか? うー


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