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城 址

まずは、クイズです。


【東京都内で、面積が186.38㎢、人口が約57万人、提携姉妹都市が栃木県日光市・北海道苫小牧市・神奈川県小田原市なのは、何市でしょう?】

東京都民でもこれだけでサッと答えられる人はそういないと思いますが・・・面積が奥多摩市に次いで2番目に大きく、この市章を見ればお分かりになるかと。

         

そう、正解は

 八王子市

同市が東京市(1889年)に次ぎ東京府内で2番目に市政を施行したのが、1917(大正6)年9月1日・・・つまり、今日は八王子市制100周年に当たります。


     


関東一円を支配していた北条氏の武将・北条氏照(1540-1590)が1587年頃、小田原城の支城として深沢山(現在の八王子市城山三丁目付近)に山城を築城。


それより700年近く前、華厳菩薩妙行が山頂で修行中に牛頭天王の8人の王子が現れたことから〝八王子権現〟を祀ったという故事に因み、『八王子城』 と命名。

これが、八王子市という名称の由来になっています。

しかし同城は、豊臣秀吉の天下統一を目論んだ小田原征伐の際に攻められ落城。 


その後城主となった徳川家康によって廃城とされ、現在は石垣などの城址が残っているのみ。

    


ところで、市名にも使われた由緒あるこの城址・・・実は、都内有数の心霊スポットとして有名なのだとか。

前述した小田原征伐の手始めとして、1590(天正18)年7月に上杉景勝・前田利家・真田正幸らが加勢した豊臣軍15,000人以上が八王子城に押し寄せました。

その時、城主・北条氏照は小田原城にいて留守。
同城には城代はじめ兵や領民が立てこもっていましたが、その数僅か3,000。

多勢に無勢は如何ともし難く、城は僅か1日で落城。

その際秀吉は北条方の気勢を削ぐため、八王子城で捕らえた奥方や子供の首を刎ねて小田原城に詰めている武士たちに見せつけようとします。

しかしそうはさせじと、氏照の正室ら婦女子は城内にあった〝御主殿の滝〟に行き、自らの喉を突いて身を投げました。

彼女らの流したおびただしい血で、川の流れは3日3晩赤く染まったとか・・・。

故にこの城内では、〝落城の日には悲鳴が聞こえる〟などと江戸時代の書物にも書かれている怨念渦巻いており、現在でも地元民は落城の日にあたる8月10日前後は城址には近づかないそうな。うー

地名の由来や歴史には、様々な悲喜劇があるものですネ。

皆さんはご自分のお住まいになっている地名の由来、ご存知ですか?

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