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未 遂

日本近代(犯罪)史を紐解くと、しばしば〝大逆(事件)〟という言葉を目にします。

この〝大逆(罪)〟とは、大日本帝国憲法下に於いて、天皇・皇后・皇太子等の皇族の命を狙ったり危害を加えたり加えようとする、最も重い罪のこと。


過去にこの大逆罪を適用された事件は


◆1923(大正12)年・・・虎ノ門事件
◆1925(大正14)年・・・朴烈事件
◆1932(昭和7)年・・・・桜田門事件(過去記事 ↓)

  https://ameblo.jp/warmheart2003/entry-12240959273.html


といくつか起きていますが、これらより前・・・ちょうど110年前の今日起きた

 幸徳(秋水)事件


が、一般的に〝大逆事件〟と呼ばれています。

この事件の首謀者は、その名称の通り社会主義者・無政府主義者の幸徳秋水


        


秋水(本名:傳次郎)は1871(明治4)年、現在の高知県四万十市で酒造・薬種業を営む地元の名家に生まれました。

1887年に上京し、同郷・中江兆民の門弟となって新聞記者を目指します。

そして板垣退助が社長を務める 『自由新聞』 等に勤務した後、1898年に我が国のゴシップ報道の先駆といわれる 『萬朝報』 の記者に。

1901年に結成された社会民主党に創立者として参画すると、非戦論から開戦論に転じた 『萬朝報』 を辞めて、堺利彦らと平民社を設立し、週刊平民新聞を創刊。

その後1904年に堺と 『共産党宣言』 を翻訳発表するも、即日発禁。

翌年に新聞紙条例違反で投獄されて以降無政府主義に傾くと、出獄後渡米。

サンフランシスコで地震に遭遇し、市民が自助努力する様子を見て無政府共産制実現の可能性を見ると、帰国後にはゼネラル・ストライキによる直接行動論を提唱し、岩佐作太郎と共に社会革命党を結成。

1909年には 『自由思想』 を発刊したものの、またも即日発禁に。

そして赤旗事件で入獄していた荒畑寒村の妻・管野スガと不倫関係になり、3月に妻・千代子と離婚するのですが・・・これが彼の運命を狂わせることに。


そして1910(明治43)年5月25日から、明治天皇暗殺計画に関与したとされる幸徳秋水・管野スガ・宮下太吉・新村忠雄・古河力作の5名らを始め、多数の社会主義者・無政府主義者の逮捕・検挙が始まったのです。

翌年1月18日に死刑24名・有期刑2名の判決が下り、同月11日に秋水ら11名が、25日に管野スガが絞首刑に処せられました。


 

これが幸徳(秋水)事件、または大逆事件と呼ばれているのですが・・・実は秋水は主犯でも直接暗殺計画に関わったわけでもなく、単に著作に専念していただけ、という説があります。

実際に爆裂弾を作り爆破実験を行ったのは宮下であり、その実行計画が練られたのは平民社だったのですが、当時その平民社で秋水とスガが同棲していたのだそうな。

であれば計画そのものを知っていた可能性は強いですが、実行犯でなかったとしたら、とんだトバッチリ・・・。

以前拙ブログでご紹介した、『天粕事件』で殺害された大杉栄もそうですが、なぜか左翼・無政府主義者って女性関係が・・・ねェ。
うー




身から出た錆・・・と言っては、あまりに詮無いでしょうか?

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