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貫 禄

今日は、昭和世代には懐かしいアメリカを代表するエンターテイナー


フランシス・アルバート・"フランク"・シナトラ
Francis Albert "Frank" Sinatra


の命日、日本流にいえば二十三回忌にあたります。


        


シナトラは1915年、ニュージャージー州ホーボーケンでイタリア系アメリカ人の両親の長男として生まれました。

難産で鉗子を使って出産したことで、鼓膜が破れたそうですが、これが彼の音楽人生に様々な影響を及ぼすことになります。

少年時代から音楽に興味のあった彼は、1930年代初頭に人気があったビング・クロスビーの歌声に憧れ、歌手を目指すことに。

20歳の時に地元のイタリア人ボーカル・トリオに参加し、ラジオ出演や全国巡業。

そしてこの頃レストランで歌っていたことで、イタリアン・マフィアと深い関係になったと言われています。

その後バーラウンジで歌っているところをスカウトされ、当時人気が高かったトランぺッター、ハリー・ジェイムスの楽団〝ミュージカル・メイカーズ〟の専属歌手として、プロ・デビュー。


5年後にはトロンボーン奏者トミー・ドーシーオーケストラに引き抜かれて活躍し、ティーン・エージャーの女性に大人気に。

そして第二次世界大戦時には彼も徴兵されましたが、生誕時に鼓膜が破れたことで不合格となり、兵役を免れることができました。

ただし戦時中は慰問団のメンバーとして各地で歌を披露しましたが・・・。

その人気から、歌手にも拘らず映画にも俳優として出演したものの、終戦後はその人気も急落。

1950年には一時声が出なくなるなど、芸能生活の危機を迎えます。

しかし1953年、彼は映画 『地上より永遠に』 の脇役の座を獲得し熱演、これによってアカデミー助演男優賞を獲得して見事復活を果たします。

この役を得た際、マフィアの大ボスの力を借りたことが分かっており、その顛末は映画 『ゴッドファーザー』 の中で描かれています。

あのベッドの中に馬の首が置かれていた有名なシーンが、それ。


(ちなみに、女性タレントの卵に手を出してダメにした・・・とプロデューサーが怒るシーンもありましたが、これも実話だそうな。)うー


1950年代前半には、テレビ局・CBSで〝フランク・シナトラ・ショー〟という冠番組を持ち、ディーン・マーチンらと〝シナトラ一家〟を形成して業界での地位を確立。

その人気を以って、親密になったJ・F・ケネディの大統領選勝利にも少なからず貢献しました。

    


(しかし、彼のマフィアとの関係を危惧したケネディ家から距離を置かれてしまいますが・・・。)


1960年代以降、アメリカではプレスリーらのロック音楽が急激に台頭しますが、彼は決してその歌唱スタイルを変えず・・・それが固定層に支持され、人気は衰えませんでした。

1971年に一度引退宣言をしたものの、2年後には復帰してお嬢さんと共に世界中の舞台でショーを披露。

来日回数も延べ6回に及びました。


長男が誘拐されたり母親を飛行機事故で亡くすなどの不幸にもめげず、約半世紀にわたり芸能活動を続け、1985年には大統領自由勲章も授与された彼が多臓器不全によって82歳でこの世を去ったのは、1998年5月14日のこと。

最後に超大物エンターテイナーの艶やかな歌声を聴きつつ、多くの有名女性と浮名を流し4回の結婚を重ねた稀代のプレーボーイの冥福を祈りたいと思います。
笑3



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