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敵 役

1984年に公開された映画 『アマデウス』 をご覧になったモーツァルト・ファンには、そこで描かれたこの登場人物に驚いたり怒ったり、あるいは失望した方が多かったかもしれません。

       


この映画の中で、「モーツァルトは私が毒殺した!」 という衝撃の告白をしたことで一気にその名を知られる事となったこの人物とは、


 アントニオ・サリエリ

     Antonio Salieri


今日は、すっかりモーツァルト・ファンの敵役になってしまった、このイタリア人音楽家の命日・没後195周年にあたります。

しかし彼の名誉のために申し上げますが、映画から受けるイメージと実像は随分違っていたようです。


サリエリは、モーツァルトより6年早い1750年のイタリア・レニャーゴ生まれ。


幼少時からチェンバロ・ヴァイオリンなどの音楽教育を受け類稀な才能を発揮した彼は、16歳の時にウィーンに招待されて以降24歳で宮廷作曲家、34歳で宮廷楽長に任命され1825年5月7日に74歳で亡くなるまでその地位に留まります。


オペラや宗教音楽の作曲家として高い社会的地位を得たサリエリは、ハイドンなどの著名な作曲家と交流があり、また教育者としてもベートーヴェンやシューベルト、リスト、ツェルニーら蒼々たる一流音楽家を生徒に持ち、更にはモーツァルトの息子(四男)フランツ・クサーヴァーまでも指導。


しかもサリエリは、若くして両親を失った自分に父親の如く接し無償で教えてくれた宮廷楽長・ガスマンの恩義を忘れず、自らも若い生徒に無償で教えたばかりか、熱心に慈善活動に関わり経済的に困窮していた音楽家の支援を行ったというのです。

       


これだけの人格者であり音楽界に貢献した人物でありながら、彼の晩年・1820年代に 「モーツァルトから盗作した」、「毒殺した」 などというスキャンダルがウィーンで広まったのは何故か?


どうもそれは長く宮廷楽長を務めた彼が、ウィーン音楽界におけるイタリア派とドイツ派の対立の中でスケープゴートにされた、というのが真相のようです。


彼が精神病院に入院したり自身がモーツァルト殺害を告白したという、『アマデウス』 に描かれているような史実はないとのこと。


根も葉もない噂話で他人を貶め、それを面白おかしく話題にして楽しむ・・・今も昔も変わらぬ、人間の醜く悲しい性ですネ。うー


それまで全く目立たない存在だったのに、200年の時を経て突如モーツァルトの敵役として脚光を浴びることは、おそらく本人にとって不本意なはず。

しかしその名が映画で知られたことで21世紀に入って彼を音楽家として再評価する動きもあり、2009年からは彼の生誕地レニャーゴでサリエリ・オペラ音楽祭が毎年開催されているそうですから、満更ではない・・・かも?


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