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合 併

今からちょうど50年前の今日、我が国でかつてない大企業同士の大型合併が実現しました。


資本金2,293億円・従業員82,000人・粗鋼生産能力4,160万トンは資本主義国でトップという国内偉大の企業としてスタートしたのが、

 新日本製鐵株式會社


俗にいう、〝新日鐵〟でした。


       

      2009年まで本社が置かれていた旧新日鐵ビル(現JXビル)


この八幡製鐵と富士製鐵両社の合併は、実現の2年前・1968(昭和43)年5月に発表されました。


        


設備の大型化や重複投資の解消、国際競争力の強化を目的として両社が歩み寄ったものですが、政府や財界は概ね賛成。


野党の日本社会党や日本労働組合総評議会(総評)は反対でしたが、全日本労働総同盟(同盟)と両社の労組は反対せず、翌年3月に合併契約書が調印されました。


しかしその契約書調印後、公正取引委員会が独禁法違反の疑いがあるとして審査を開始。

まぁ鉄鋼業界のトップを争う2社が合併するのですから、公取委が動くのは当然でしょう。

そして公取委から5月に合併否認勧告が出されましたが、両社の合併意志は変わらず。

公取委から指摘された独禁法抵触の恐れがある鉄道用レールや食缶用ブリキ、鋳物銑などについては他企業に譲渡するなど少なからぬ出血をして、6月に合併実行が決定しました。


これにより新日本製鉄は1970(昭和45)年3月31日に合併・・・日本で初めて売上高1兆円企業の誕生となりました。

初代社長には、八幡製鉄社長だった稲山嘉寛氏(1904-1987)が就任。

       



氏は同社会長在任中に土光敏夫氏の後任として1980~86年まで第5代経団連会長も務め、またその後任の第6代会長(1886-90)に斎藤永四郎氏、第9代会長(1998-2002)の今井均氏と、3人も財界トップに。

まさに重厚長大産業の代表格として、日本経済界を牽引しました。

ただその反面、稲山社長が韓国浦項総合製鉄(現・ボスコ)の社長を可愛がるあまり新日鐵の培った製造技術を開示してそれを盗ませてしまい、後に日本の製鉄業会を苦境に立たせてしまった負の遺産も残しましたが・・・。

その後同社は2012年に住友金属工業を吸収合併して新日鐵住金に、そして昨年4月に日本製鉄に社名変更。

これまでの製鉄業界の流れを見ると、日本製鉄という社名が先祖返りしていることが分かります。

    

果たして伝統ある社名を復活させた同社の未来は、溶鉱炉のように眩しいくらい明るくなるのでしょうか?


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