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分離独立

早速ですが、皆さんはこの日章旗の色違いのような国旗がどこの国のものか、ご存知でしょうか?

       

国土面積は日本の約40%の14万7千㎢ながら、人口は逆に日本より40%程多い約1億7千万人を有する東南アジアに位置する・・・そう、


バングラデシュ人民共和国

 People's Republic of Bangladesh


同国がパキスタンからの独立を宣言したのが、今から半世紀近く前の今日のことでした。


       

16世紀からムガール帝国の下で商工業の中心地として発達してきた同(ベンガル)地域は、18世紀末にイギリスの東インド会社によって植民地化。

その後インド同様に民族独立運動が盛んになると、イギリスは1906年に 『ベンガル分割令』 を発布し、
ヒンドゥー教徒中心の西ベンガルとイスラム教徒中心の東ベンガルに分割。

これが1947年にインドとパキスタンの分離独立に繋がることとなり、東ベンガルはパキスタンにつき、ここで東西バキスタンが誕生。

しかしインドを挟んで1,000km以上も離れている上、宗教や言語が違うため、同じ国家として存続するには無理がありました。


そして政治的中心だった西パキスタン重点の施策に不満がくすぶる中、1970年11月にサイクロンによる大きな被害が発生。

その翌月に行われた
選挙で人口に勝る東パキスタンのアワミ連盟が大勝。

すると西パキスタン中心の政府は翌1971年3月に軍事介入を行って東パキスタン首脳部を拘束。

これによって東西対立は決定的となり、東パキスタンの指導者シェィク
・ムジブル・ラーマンが49年前の今日・1971年3月26日に西パキスタンからの分離独立を宣言したのです。

       

                   Sheikh Mujibur Rahman


その直後から東西バキスタンは内乱状態(バングラデシュ独立戦争)となりましたが、東パキスタンを支持し西パキスタンと対立していたインドが第三次印パ戦争に勝利したことで、同年12月にバングラデシュの独立が確定しました。

バングラデシュはベンガル語で〝ベンガル人の国〟と言う意味であり、国父であり初代首相に就任したラーマンが国旗制定の際に日の丸を参考にしたそうですから、似たのは必然的。

(因みに赤い円は昇りゆく太陽と独立戦争で亡くなった国民の血を、地の緑色は豊かな大地を表すそうな。)


しかし独立後も、同国の政情は不安定。

内戦や洪水による経済状況の悪化により、1975年には
国軍将校によるクーデターが起きてラーマンが暗殺され、その後しばらくは軍事政権が続きました。

その期間中の1977年に、同国の首都・ダッカで日航機ハイジャック事件が起きたことをご記憶の方もいらっしゃるでしょう。


 ※同事件に関する過去記事は、こちら。(↓)


しかし軍事政権が倒れ、1991年の憲法改正により大統領制から議院内閣制へと移行して以降は、原則的に5年毎に総選挙が実施されており、現在はラーマンの娘シェィク・ラシナが首相を務めています。

       

国旗が似ているせいもあってか親日国であるものの、ここ数年は支那が接近しているバングラデシュの今後に、私たち日本人も注目すべきでしょう。


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