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男 装

女スパイ、男装の麗人・・・といえば、マタ・ハリが有名。(↓)



しかし、日本にも〝東洋のマタ・ハリ〟と言われた女スパイが実在していました。 今日はその

よしこ
 川島 芳子

の命日にあたります。


          


日本名がつけられていますが、実は彼女、日本人ではありません。

本名を愛新覺羅顯
(あいしんかくら けんし)といい、父親は清朝最後の皇族であった第10代粛親王・善耆(ぜんき)。

彼には
正妃1人と側妃4人がおり、彼女らとの間に王子21人・王女17人をもうけましたが、
は一番若かった4番目の側妃の長女・第十四王女として1907年に生まれました。


しかし1911年に辛亥革命が勃発すると、清朝廷内は主戦派と講和派


に分裂。

隆裕皇太后が講和派の主張に傾いて1912年2月に皇帝退位を決断すると、それに反対する粛親王善耆らの皇族は復辟運動を行うため北京を脱出・・・当然ながらも同行しました。


粛親王善耆および家族は日本軍参謀本部の保護を受けて旅順に数年間滞在。

日本政府と復辟運動交渉をするために代理人として指定したのが、義和団の乱以降通訳官として現地入りし、粛親王と親交を結びそのまま現地に残って警務学堂の総監督として清朝に雇用されていた川島浪速(なにわ 1866-1949)でした。


       

               川島浪速(左) と  粛親王


そしてその身分を補完すべく、粛親王は8歳のを彼の幼女とし、川島芳子という日本名がつけられました。

※ただし浪速は籍を入れず、故に彼女は日本国籍未取得のまま。


1915年に来日した彼女は、東京・赤羽の川島邸から豊島師範付属小学校に通い、卒業後は跡見女学校に進学。

その後川島家が郷里の長野県松本市に転居すると、松本高等女学校(現・松本蟻ケ崎高校)に聴講生として通学しますが、1922年に父・
粛親王が死去。

葬儀参列と遺産分配交渉のため帰郷し長期休学を余儀なくされましたが、復学は認められず松本高女を中退。


17歳の時にピストル自殺未遂事件を起こしたり、断髪・五分刈りにして男装するように。 (その原因として川島浪速が肉体関係を迫ったとか恋愛のもつれが原因とする説あり。)

その断髪直後に 「女を捨てる」 という決意文書を認め、それが新聞に掲載されたことで彼女の断髪・男装はマスコミに広く取り上げられ、〝男装の麗人〟と呼ばれました。


端正な顔立ちや清朝皇室出身という血統の良さから高い関心を呼び、彼女の真似をして断髪する女性が現れたり、ファンが押しかけてくるなど、ちょっとした社会現象を巻き起こしたとか。


それから2年後、彼女は関東軍参謀総長・斎藤恒の媒酌により、旅順のホテルで蒙古族の巴布扎布(バブチャップ)将軍の二男と結婚。

        


しかし性格不一致や相手親族との不和が原因で、僅か3年後に離婚。

その後上海に渡った彼女は、そこで駐在武官・田中隆吉と交際し始めると日本軍の工作員として諜報活動に従事。

1931年に満州事変が勃発した際は愛新覚羅溥儀の皇后を天津から旅順に逃す護送に関与。


また第一次上海事変の勃発工作に加担した・・・と言われていますが、それを証言したのは田中隆吉のみで、真偽は不明。


1932年に満州国が建国されると、彼女は小説 『男装の麗人』 の主人公として再び脚光を浴びることに。

〝東洋のマタ・ハリ〟〝満州のザンヌ・ダルク〟などと持て囃され、ラジオ番組に出演したり歌をレコーディングするなど、ちょっとした芸能人並みの注目を集めました。

       


しかし1934年頃から講演会などで関東軍の振る舞いや日本の政策を批判したため軍部から目を付けられるようになり、そのストレスからか薬物を常用するように。

1937年7月に日本軍が天津を占領すると、彼女は同地で料亭を経営し、女将に。

その頃、笹川良一や李香蘭とも交際があったそうですが、1945年に終戦を迎えると、彼女は各地に潜伏。

しかし同年10月に国民党軍に逮捕され、漢奸(売国奴)として訴追され、1947年10月に死刑判決が下されました。

日本で助命嘆願運動が起きたものの、その願いは叶わず・・・1948(昭和23)年3月25日、彼女は北京で銃殺刑に処され、40歳でこの世を去りました。

(死刑になったのは、彼女が日本国籍を持っていなかったから・・・とする説、また処刑されたのは替え玉で実は存命だったとする説も。)


一時交流があったものの、程なく疎遠になった李香蘭宛に、彼女からこんな文面の手紙が届いたそうな。


<「すっかり君も大スターになったな。 もう君と会うことは無いだろう。

君は自分の好きなこと、信じることだけをやりなさい。

僕のようになってはいけない。 今の僕を見てみろ。

利用されるだけされて、ゴミのように捨てられる人間がここにいる。」

世間に注目されながらも、孤独だったのかもしれませんネ。

そんな彼女に興味のある方には、その生涯を丹念に辿ったノンフィクションのご一読をお勧めします。


   『男装の麗人 川島芳子伝』  

                   (上村冬子・著 文藝春秋・刊)

       


久しぶりに同書のページをめくりつつ、寂しき〝男装の麗人〟の冥福を祈りたいと存じます。笑3


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