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EXPO

“ こんにちは こんにちは 西の国から~ 

     こんにちは こんにちは 握手をし~よ~う~ ”音譜


故・三波春夫さんが歌う 『世界のくにからこんにちは』・・・この歌をご存じなのは、おそらく50歳以上の方が殆どかもしれません。


この歌をテーマ曲にして戦後日本の復興を世界にアピールした一大イベント、


 日本万国博覧会

・・・いわゆる〝大阪万博 (EXPO '70)〟が、今からちょうど50年前の今日・1970(昭和45)年3月14日 (一般公開は15日) に開幕しました。

※EXPOは “exposition =博覧会” の略


       


この一大イベントは、政治家・作家として活躍した故・堺屋太一氏が通産官僚時代に提案・企画。

現在も残されている岡本太郎氏製作の 『太陽の塔』 をシンボルマークとして大阪・千里丘陵の330haという広大な敷地に77ヶ国、その他の地域・公共体・企業が 『人類の進歩と調和』 をテーマとして合計116もの近未来的なパビリオンを建設。

同年9月13日まで183日間開催され、
累計入場者数・約6,421万人を記録しました。


当時、長野市内に住んでいた私は小学校5~6年生でしたが、クラスメートの約半数近くがとっかえひっかえ学校を休んでは家族で万博旅行に出かけていたことを憶えています。


もっとも私自身は、野球に熱中していて万博など眼中になし・・・ってところでしたが。あせあせ


そしてこの万博の最大の目玉は、コレ。(


       


そう、この前年にアポロ12号が持ち帰った〝月の石〟。

エア・ドーム型のアメリカ館に展示されました。


私の同級生たちも100%コレを見たさに学校休んで行ったわけですが、その人気たるや想像を絶するもの・・・上野動物園に初めてパンダが来た時も凄かったですが、それ以上。


確か3時間以上待つのが当たり前、あまりの混雑に見るのを諦めた方が結構いたはずです。 


ガッカリして帰ってきた同級生が少なからずいましたから。ダメだぁ顔


       


石ころひとつに日本中から人が集まる・・・ある意味平和というか、長閑な時代でした。


また博覧会には、最先端の科学技術・・・リニア・モーターや動く歩道、そしてエア・ドーム型のパビリオンなど様々な展示物が注目され、現在では当たり前のように利用しているものが多数ありました。


その中で、私が最も感慨深いのは、『携帯電話』。(


       万博


虎屋の羊羹より大きな受話器ですが、当時黒いダイヤル式の でんわ しか知らなかった子供の私には、プッシュホンであるだけでも珍しく、更に〝コードレス〟なんて信じられませんでした。


全くの夢物語のようだった携帯電話が半世紀経った今、小型化したばかりかテレビが見られたりパソコンと同じ操作ができるようになるなんて・・・。


EXPO'70を知る者にとって、科学の進歩は目を見張るばかりです。

果たして同じ大阪で2025年に開幕が決定している万博には、どんな未来の科学技術が展示されるのか?


また〝月の石〟のような超目玉展示品があるのか?

今から楽しみです。


そういえば、この時に埋めたタイムカプセル・・・5,000年後に掘り返すはずだったと思いますが、ちゃんと場所が分かってるのかナ?あせあせ


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