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メンコン

クラシック音楽ファンでなくても、この曲はご存知のはず。


と言うのも、おそらく学校の音楽の授業で聴かされているでしょうから・・・。

それは、ベートーヴェン・ブラームスの作品と並び、〝3大ヴァイオリン協奏曲〟と称される


メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲ホ短調 


                                                                                 作品64

この名曲か初演されたのが、今から175年前の今日でした。


※メンデルスゾーンに関する過去記事は、こちら。(↓)



早熟の天才であり、その作品はいずれも美しい旋律に彩られている彼の作品の中でも特にその情緒豊かなメロディーで有名なこの協奏曲は、クラシック音楽愛好家の間で〝メンコン〟と呼ばれ、一流ブァイオリニストの殆どがレコーディングしているはず。


この名曲を作曲する契機となったのは、彼の幼馴染みで1歳年下のヴァイオリニスト、フェルディナント・ダヴィット(1810-1873)。

       

                    Ferdinand David 


彼はメンデルスゾーン家と同じアパートに生まれ、メンデルスゾーン一家が引っ越した後も家族ぐるみで交際していました。

メンデルスゾーンと同じユダヤ系だった彼は、16歳でベルリン王立劇場のヴァイオリン奏者になり、1835年にはライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートマスターに就任。

その同じ年に26歳で同楽団の指揮者に就任していたのが、メンデルスゾーンでした。

かつての幼馴染みが奇しくも一流オーケストラの指揮者とコンマスになったわけですが、自らもヴァイオリンの名手だったメンデルスゾーンはダヴィットの演奏レベルの高さに感銘を受け、彼のためにヴァイオリン協奏曲を創ることを決心。


そしてメンデルスゾーンは、ダヴィット宛てに

「翌年の冬までにはホ短調の協奏曲を贈る」

という内容の手紙を1838年に送っていたのですが・・・実際に完成したのは、それから6年後の1844年9月。

多作で作品を仕上げるのが早かった彼が、なぜそんなに時間を要したのか?・・・その原因は、病気でした。

そして本来は彼自身がゲヴァントハウス管弦楽団を指揮し、ダヴィットがソリストを務めるはずだった1845年3月13日の初演では、メンデルスゾーンの体調不良により
副指揮者のニルス・ガーデが代役を務めました。

そしてこの2年後、メンデルスゾーンは38歳の若さでこの世を去ったのです。

この名曲の演奏は、数々のヴァイオリニストが演奏・録音していますが、個人的に好きなのは


ヤッシャ・ハイフェッツ/シャルル・ミュンシュ指揮・ボストン交響楽団による1955年の演奏。 (下写真・左)

そして1980年に録音された、カラヤン/ベルリン・フィルと天才少女アンネ=ゾフィー・ムター17歳の時の共演(同右)も、よく聴きます。




高校生時代には、アイザック・スターンのレコードを持っていましたが、CDは買わず仕舞い・・・。

皆さんのお好きな演奏があれば、是非教えてください。


それでは最後に、今までじっくり聴いたことのない方りのために、フル演奏動画を。

日本の第一人者・諏訪内晶子さんの奏でる甘く切なく、そして時として力強いストリングスの響きをご堪能いただきたく・・・。
笑3



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