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新大陸

新大陸を発見したとして一般的に有名なのはコロンブス・・・ですが、実際に彼が辿り着いたのは大陸ではなく、西インド諸島のひとつであるサン・サルバドル島。


 

しかしコロンブスは終生ここがアジアのインドだと信じていました。

 ※コロンブスに関する過去記事は、こちら。(↓)



今日は彼の陰に隠れながらも現在の世界最強国というか大陸にその名を残すイタリアの探検家・地理学者、

 アメリゴ・ヴェスプッチ
   Amerigo Vespucci


の命日にあたります。


       


ヴェスプッチは1454年にフィレンツフェで公証人の息子として生まれました。 (コロンブスより3歳年下)

父の弟つまり叔父から教育を受けラテン語やギリシァ語を習得した彼は、プラトンなどの古典文学や地理学に親しむように。

やがて分家の当主ロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコに仕えた彼は、1481年にセビリアのベラルディ商会に入り、メディチ家の事業監督者となりました。

そしてスペイン国王フェルナンドが西インド探検航海を企画、それに参加要請を受けたヴェスプッチは43歳にして初めて外洋航海へ。

1497~98年にかけてカリブ海沿岸を探検する(※現在は航海していないとする説が有力)と、1499~1500年にかけての2回目の航海では更に南下してブラジル北岸まで探索。

ちょうどこの頃、カブラルがポルトガル王に命じられ喜望峰経由でインドに向かう途中にブラジルを発見し、同国はその領有を主張。

同地が新発見の島なのか、あるいは既にスペインが探索していた大陸の一部なのかをはっきりさせるべく、その調査役にヴェスプッチを抜擢。

彼は1501~02年に3回目の航海を行い、南緯50度まで南米大陸東岸を南下。

 


この時、彼はアジア最南端のマレー半島やアフリカ最南端よりも南に陸地が続くことから、それが新大陸であることに気づき、1503年に論文 『新世界』 で主張しました。

(その後更に1503~04年にかけて4回目の航海に出たとする説もありますが、これは確認されていません。)


この主張は当時の常識を覆すものとして知識人層には衝撃を与えましたが、彼の名が一般的に知られるようになったのは、1507年に南ドイツの地理学者マルティン・ヴェルとゼーミュラーがこの『新世界』 の内容を含む 『世界誌入門』 を出版してから。

この中に収録された世界地図に新大陸が描かれているのですが、ヴェスプッチに敬意を表して彼の名アメリゴのラテン語名アメリゴ・ウェスプキウスの女性形から〝アメリカ大陸〟と初めて名付けられたのです。


 

        左・矢印の細長い陸地が、アメリカ(南米)大陸


その後多少の紆余曲折がありながらも、アメリカ大陸という呼称が一般的に使われ現在に至っています。

但しこの当時はヴェスプッチ自身も北米大陸の存在は知らず、南米大陸について記述しているのみに留まっています。

北米大陸と陸続きであることがスペインの探検家バスコ・ヌーニェス・デ・バルボアによって確認されたのは、1512年2月22日に57歳でヴェスプッチが亡くなった、その翌年のことでした。

それでも現在の世界最強国に自らの名が冠せられていると知れば、きっとヴェスプッチもあの世で満足しているかも・・・。

※ちなみにコロンブスの名も南米コロンビアの語源となっており、それなりに名誉を保っています。
あせあせ

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