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戸 籍

葬儀屋時代にお客様と打ち合わせをする際、私は故人様の死亡診断書をお預かりし、それを役所に届けて火葬許可証を取得していました。

この届け出によって住民票の除票手続きと同時に行われるのが、戸籍の抹消。

その戸籍制度・・・実は現在施行しているのは、世界で日本と台湾だけなのだそうな。(形式的には支那にも残ってはいますが。)

古くは大和朝廷の時代にも一部直轄領で実施され、大化の改新以降敷かれた律令制下でも 『庚午年籍(こうごねんじゃく)』 という戸籍 (へのふみた) が作成され、6年毎に更新されたとか。

そして安土桃山時代には太閤検地が行われ、江戸時代に寺社が作成した人別帳・宗門別帳や過去帳がそれに当たります。

1825年には長州で戸籍法が実施されましたが、全国的かつ近代的な戸籍制度としては明治政府が1871(明治4)年4月に発布した戸籍法に基づいて今から148年前の今日・1872年2月1日に施行された

  じんしん
 壬申戸籍


が最初のもの。 編成された年の干支が〝壬申(みずのえさる)〟だったことから、そう呼ばれています。


   
               戸籍法と、それが記載された太政類典の表紙

この戸籍は中々の優れモノで、下記の通り各身分・性別毎に分類・集計されていました。


ご覧の通り、当時の総人口が3,311万人だったことが分かります。


戸籍は戸にそれを代表する〝戸主〟を置き、戸主は戸内の総人員の姓名・年齢・戸主との続柄等を申告しなければならないとされ、戸籍は6年に1度または戸主が変わるたびに改正されることになっていました。

※この調査は元々徴兵の基礎資料として行われており、また転出・転入の届け出がなされておらず、その後の集計では実態との乖離が拡大する一方でした。

正確な人口統計としては、1920年に行われた第1回国勢調査がそれにあたります。


ただ当初の戸籍は統一した書式がなく各地域でバラバラ。

現在でいうところの個人情報である職業や宗門・禄高も記載されていたとか。

更に問題だったのは、一部では新平民とか元穢多・元非人などと記載されていたこと。

1968(昭和43)年に、被差別部落民かどうかを探るためにこの戸籍を利用しようとした事件が発覚し、以後法務局等で厳重に保管され、門外不出の扱いに。

平成の時代に入って何度か学術的な利用目的のためとして開示請求が行われたものの、いずれも却下されています。

まぁ、当然といえば当然でしょうネ。

さて戸籍に関して、皆さんに是非知っておいていただきたい情報がひとつ。

それは、〝背(はい)乗り〟について。


これは他国の工作員が日本人の身分・戸籍を乗っ取る行為を指す公安用語。


過去においては北朝鮮の日本人拉致事件が拉致被害者の戸籍を乗っ取って本人に成りすましスパイ工作を画策したといわれていますが、現在でも懲役逃れのために背乗りした在日朝鮮人がいる、といわれています。

現に東日本大震災が起きた後、亡くなったはずの被災者や行方不明の単身者の名前で他県の市町村に次々に転入届けが出されたといいますから・・・。

更には某野党国会議員の中にも、その若い頃の様子を語れる第三者がいない人物がいるとか。

一般的に戸籍と関わるのは出生や結・離婚、死亡の時くらいしかありませんから、普段自分の戸籍に目を通すことは殆どありません。

何十年も自分の戸籍謄本を見ていない方、特に身寄りのない方は一度ご確認ください。

また最近、戸籍廃止を主張する野党議員もいますが、なぜ彼らがそうしたいのかは、彼らの出自等々を考えれば分かりますネ。

だからこそ、戸籍制度は絶対に廃止してはならないのです。

日本を護るために・・・。

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