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暗 躍

007シリーズを始め、映画やドラマではよくスパイが活躍・・・というか暗躍していますが、実際のスパイはあんなにカッコよくも目立ちもせず、密かに活動しているはず。

そしてその正体は、意外にも重要ポストに就いている場合が少なくありません。

今からちょうど40年前に日本で発覚した


 自衛官スパイ事件

もそうでした。


当該事件が別名 『宮永スパイ事件』 と言われている通り、逮捕されたのは宮永幸久陸将補・・・昔でいうなら少将にあたる幹部自衛官。

彼は陸軍士官学校卒で、調査学院の副校長も務めたソ連情報の専門家。

非常に真面目だったという彼が、再就職の斡旋を求めて1973年12月にソ連大使館のリバルキン武官に接触したことが、事件の発端となりました。

翌年リバルキンに呼び出されて会った際には、中ソ関係について意見を交換する程度でしたが、やがてリバルキンの要望に応じて支那の軍事関連情報を渡し、現金を受け取ってからは次第に要求がエスカレート。

累計数百万円の現金を受け取った弱みからか、はたまた欲をかいたのか、宮永陸将補はソ連のエージェント即ちスパイとなって秘密情報を漏らすように。

その実態が露見するキッカケは、ソ連大使館に出入りする日本人を視察していた警視庁公安部外事第一課が、頻繁に訪れる宮永陸将補を不審に思い内偵を始めたこと。


自衛隊の中央捜査隊もかねてより調査を進めていたことから合同捜査体制となり、1980(昭和55)年1月17日に神田駿河台のニコライ堂付近で宮永とリバルキンの後任・コズロフがすれ違いざまに情報を渡したことを確認。

その翌18日に、宮永陸将補とスパイ活動に関わった自衛官2名が逮捕され、家宅捜索の結果宮永陸将補の自宅からスパイ道具が多数押収されました。


 

               1月19日付 読売新聞


自分からソ連情報を得ようとして近づいたのに、逆に取り込まれた形ですが、3人は守秘義務を定めた自衛隊法第59条違反の罪で起訴。

しかし判決は、宮永陸将補自身が
「こんなに軽くていいんですか?」 と驚いたほど軽い懲役1年、自衛官2名には懲役8ヶ月でした。

※数年前に成立した特定秘密保持法で、もし同様の罪を犯せば10年以下の懲役に処すことができるようになりましたが・・・。


対するコズロフは、日本側の出頭要請を無視して母親の病気を理由に急遽帰国。

まぁ外交特権を振りかざすところは、映画やドラマでもよく描かれていますけどネ。


この事件で宮永陸将補ら3名が逮捕されたのは、あくまで自衛隊法に抵触したからであり、同じ事を自衛隊員以外の人間が行っても、スパイ防止法がなければ逮捕できないのが現状。

なのにこの事件の4年後・1985年にはスパイ防止法が議員立法として国会に提出されたのに、審議未了で廃案となり、現在に至っても成立していません。

そして自衛官が関わったスパイ事件は、この後も起きています。


今年の夏には東京五輪が開催され、世界各国から選手・役員として多数のスパイが入国することが予想されているのに・・・。

スパイの実態について詳しく知りたい方には、2年前に逝去された危機管理の権威・佐々淳行氏の最後の出版(2016年)となった、こちらの著書をご一読ください。


 『私を通りすぎたスパイたち』 (文藝春秋・刊)


       

この著書にも当該事件に関する記述がありますが、お父上がゾルゲ事件に加担した朝日新聞の尾崎秀美と同僚だったという佐々氏が、警察官僚になった後もスパイ事件に少なからず縁があったとは、驚きました。

 ※ゾルゲ事件に関する過去記事は、こちら。(↓)


この自衛官スパイ事件が露見した2ヶ月後の3月18日、モスクワ防衛駐在官ら2人がグルジアのトリビシを視察中、レストランで勧められたウォッカを口にした途端に激しい吐き気やめまいに襲われるという事件が起きました。

これは確たる証拠はないものの、宮永逮捕に対するソ連の報復と言われています。

スパイの暗躍は、リアルに今でも世界中そして日本でも起きていることを、日本人は認識すべきです。

それは国防に関わることであり、一般市民にとっても無関係ではないのですから。

一刻も早く、スパイ防止法の制定を! 
うー


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