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フィクサー

ロッキード事件をご存知の中高年世代の方なら、この人物の名に聞き覚えがあるでしょう。

よ し お
 児玉 誉士夫 


今日は、この戦後政財界の黒幕、〝フィクサー〟と呼ばれ恐れられた超大物右翼活動家の命日・三十七回忌にあたります。


        


児玉氏は1911(明治44)年に、現在の福島県本宮市に生まれました。


父が医師だったため家は裕福だったといいますが、その父親が政治にカネを注ぎ込み過ぎて没落し、一家は東京に転居。

幼少期は極貧だったとされ、7歳で母親を亡くした彼はその翌年に朝鮮に住む親戚の元に。

そして京城商業専門学校卒業後、東京・向島の鉄工所に住み込みで働き始めましたが、12歳の時に関東大震災で父を亡くした後、玄洋社の頭山満氏に私淑した彼は右翼活動家の道を歩み始めます。

 ※頭山満氏に関する過去記事は、こちら。(↓)



1931年に全日本愛国者共同闘争協議会に参加すると、国会ビラ撒き事件や蔵相脅迫事件を起こして逮捕・投獄。

釈放後も皇道派のクーデター誘発計画が発覚して懲役3年半を食らい、その後笹川良一氏が結成した国粋大衆党に参加。


そして1937年に外務省・河相情達夫情報部長の知遇を得て、支那各地を視察し、その翌年に海軍の嘱託に。

(この頃源田実と知り合い、戦後彼から瀬島龍三を紹介されます。)


1941年から上海で〝児玉機関〟を運営してタングステンなどの戦略物資を海軍航空本部に納入する契約を独占で請け負うと鉄や塩・モリブデン鉱山をも管轄下に納め、更には日本にヘロインを売るなどして巨額の資金を手にしたとか。


終戦後その資金を目当てにされてか、いきなり東久邇宮内閣の参与となり、(その後も親密な関係を保つこととなる)鳩山一郎氏が自由党を結成した際には、7千万円という巨額の資金を用立てますが、1946年にA級戦犯の疑いで占領軍に逮捕され巣鴨プリズンに収監。

(本人は東條英機と敵対関係だったため、不服だったとか・・・。)

1948年12月に釈放されますが、その間に
戦時中は鬼畜米英を叫び愛国者として生きていた彼は親米派に180度方向転換して、CIAの協力者(エージェント)に。


その後河野一郎氏や岸伸介氏のバックアップをする一方で夕張炭鉱の労組弾圧のために暴力団を送り込むなど裏社会で隠然たる力を一方、東京スポーツのオーナーとなり腹心を複数の雑誌社役員に送り込むなどしてマスコミにも影響力を持ちました。


1960年に生前葬を行った際には、多数の大物政治家が焼香したと言いますから、その力の程が分かります。


       

                 岸伸介氏(右)と


1960年代初期には会員数15万人以上を擁する日本最大の右翼団体・全日本愛国者団体会議の指導者の一人となり、1969年には日本青年社を結成。


また任侠界では、1963年に山口組の田岡組長と東声会・町井会長との兄弟盃を実現させて東西暴力団の手打ちに一役買い、フィクサーとしての実力を誇示。


しかしそれまでは、あくまでも黒幕としての存在・・・そんな彼の名が華々しく(?)新聞に書き立てられるようになったのは、あのロッキード事件発覚後のこと。

既に1958年からロッキード社の秘密代理人だったという彼が、1972年に首相となった田中角栄氏に国際興業社主・小佐野賢治氏を介して売り込みをかけたとされました。


衆議院の証人喚問を、発作を理由に回避した彼は、脱税・外為法違反で1976年2月に在宅起訴。

その翌月、世田谷区等々力の自宅2階にセスナ機が突っ込むという事件があり、犯人は死亡したものの児玉氏本人は別の部屋にいて無事でした。

その後1回だけ出廷した時に私は初めて動く児玉氏の姿をニュースで見ましたが、身体は小さくとも人を寄せ付けない鋭い眼光と身体から発散される迫力に、思わず 「さすがはフィクサー」 と感心してしまいました。


       


その後病気を理由に自宅に引きこもった彼は、1983年に有罪判決が出されたものの、控訴中だった1984(昭和59)年1月17日に、再び発作に襲われ72歳でこの世を去りました。

執り行われた葬儀には、生前葬の時と違い政治家は殆ど参列しなかったとか。

既に時代は平成から〇〇に変わった今、昭和はますます遠くなりにけり・・・ですが、戦後政財界で隠然たる力を持ったフィクサーに関して詳しく知りたい方には、こちらのご一読をオススメします。


『児玉誉士夫 巨魁の昭和史 (有馬哲夫・著 文春新書・刊)


        

同書を読むと、彼がロッキード事件前に航空機選定に絡み首相の首を挿げ替える程の隠然たる力を持っていたことが分かります。

また戦後日本の混乱期には、彼のような政界と裏社会を結びつける調整役が必要だったことも・・・。


果たして21世紀の現在、彼のようなフィクサーは日本に存在するのでしょうか?


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