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切 断

1月2日は、初夢・初荷等々1年の事始めの日。

おそらく彼らも初登りだったのかもしれませんが・・・今から65年前の今日・1955(昭和30)年1月2日に悲劇が起きてしまいました。

登山クラブ 『三重県岩稜会』 所属の石原國利(中央大学4年生、リーダー)、沢田栄介(三重大学4年生)、若山五朗(三重大学1年生)の3名が、北アルプスの前穂高岳・東壁を登攀中、若山隊員が50cm程滑落した際、新品の直径8mmナイロンザイルが切断し、墜落死。 


   


これが世にいう

 ナイロンザイル事件

の発端となりました。

ナイロンザイルは1952年頃から製造が始まり、従来のマニラアサ製ザイルに比べて軽量で柔軟性があり、かつ凍結しにくく安価であることが特徴。

日本山岳会のマナスル遠征隊に使われたことなどから次第に広まり、徐々にマニラアサ製に変わる存在になっていました。


しかしこの事故以前にも同様のナイロンザイル切断事故が複数起きていたことを知った若山隊員の実兄で旧制名古屋大学工学部出身の石岡繁雄さんは、ナイロンザイルの強度に疑問を持ちます。


       


そして実験を繰り返した結果、登攀時に鋭角の岩角にザイルがかかっている状態で人間の体重程度の負荷がかかると簡単に切断することを突き止めました。

一方、ナイロンザイル・メーカーの東京製綱は、日本山岳会関西支部長の篠田軍治・大阪大学工学部教授の指導により1955年4月に公開実験を行い、やはりナイロンザイルが数倍の強度を持つという結果を導き出して、「岩稜会は自分たちのミスをナイロンザイルに転嫁した」などと山岳雑誌などに掲載。

しかし実はこの実験に際し、メーカー側は秘密裏に岩角に丸みをつけていたのです。

岩稜会側は1956年6月に篠田教授を名誉棄損で告訴(※1年後に不起訴処分)し、その1ヶ月後にガリ版刷りの『ナイロンザイル事件』という310ページにわたる冊子を作成し、登山関係者や出版社に配布し、危険を訴えました。

この冊子の存在を知った作家・井上靖さんが朝日新聞に連載したのが、『氷壁』。


        


この作品により当該事件は多くの人の知るところとなりましたが、行政が動くことはありませんでした。

そしてようやく消費生活用製品安全法が制定され、ザイル(クライミングロープ)が対象となり、安全基準が公布されたのは、事故から20年経った1975年のことでした。

その20年間で20人以上の登山者がローブ切断で死亡しており、一方この安全基準公布後にザイル切断による死亡事故は起きていないとのこと。


また日本山岳会は、1977年版 『山日記』 に、「1956年版『山日記』の篠田の記述で多くの人に迷惑をかけた」と21年も経ってから〝お詫び〟を掲載。

つまらぬ権威主義(というか見栄)と緩慢なお役所仕事が多くの人命を失ったことを、忘れてはなりません。


※なお、切断事故を起こした実物のザイルが、長野県の大町山岳初物館に展示されています。(↓)

       


これから冬山に登る方は、くれぐれもお気をつけて!


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