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殺 戮

アメリカでは、移民として乗り込んできた白人が原住民たるインディアンを迫害したことは皆さんもご存知だと思いますが、その中でも西部開拓史上最悪といわれる

 サンドクリークの虐殺

 Sand Creek Massacre


が起きたのが、今から155年前の今日・1864年11月29日のことでした。

当時のアメリカでは1861年から南北戦争が勃発しており、北軍が優勢になりつつある時勢。

北軍は南軍との戦いに臨むと同時に、支配圏をミシシッピー川からロッキー山脈周辺にまで拡張。

その過程では、原住民のインディアンとの衝突で激しい戦闘が行われ、双方とも残忍な殺戮を行って憎しみが増すばかり。

1863年には、デンバーの地元新聞社が州を挙げてのインディアン撲滅キャンペーンを張るまでに両者の関係は悪化。

そんな中、1864年9月28日・・・コロラド準州デンバーにあるウェルド基地で、周辺に居住するインディアンのシャイアン族やカイオワ族、アラバホ族の酋長と、コロラド州知事ら白人高官らによる和平会談が開かれました。

その席上、白人側から食糧の提供と狩りの出来る地域への移転を提案されたインディアン側は、サンドクリークの川辺に移動しティーピー(居住用テント)を建てて、そこに居住することで、一時休戦に。

 


               サンドクリークの位置

しかし米軍コロラド軍管区の指揮官ジョン・チヴィントン大佐は、大のインディアン嫌いで、

小さいのも大きいのも、全て殺して頭の皮を剥ぐべき。

卵はシラミになるから。」

とインディアンの皆殺しを公言し、彼等をシラミに例える差別主義者でしたから、黙って引き下がるわけがありませんでした。

       
               
John Milton Chivington


彼は和平交渉から2ヶ月後の同年11月29日早朝、自らが率いる800人の騎兵部隊に命じてサンドクリークのインディアン居住区を襲撃したのです。

12月8日付けの地元新聞 『ロッキー山脈ニュース』 は、チヴィントン大佐の報告を基に、

〝インディアンとの大会戦! 野蛮人どもは追い払われた!
  インディアンの死者500人、我が軍は死者8人・負傷者38人!〟

と大々的に戦果を報じ、虐殺から2週間後にはデンバーで記念行進が行われて市民は熱狂。

チヴィントン大佐は英雄として祭り上げられました・・・が、新聞記事は真実を伝えていませんでした。

実際は、当時サンドクリークの居住区には男性は狩りに出ていたため35人程しかおらず、約600人いたインディアンの殆どは女性・子供・老人。

しかも騎兵部隊が一斉射撃・砲撃で攻撃を仕掛けた際インディアンは無抵抗で酋長は白旗を掲げたにもかかわらず、攻撃の手を緩めない無差別虐殺でした。


  


その殺戮方法は凄惨で、殺したインディアン全員の頭の皮を剥ぎ、手足をバラバラにして・・・と、もうこれ以上ここで書くのは皆さんの気分を害すると思うので、控えます。

その後議会の調査や兵士らの証言によって虐殺の真相が明らかになるにつれ、東部白人社会の世論は一変、チヴィントン大佐に対する非難の声が高まりました。

彼は白旗を掲げたインディアン虐殺を咎められて軍事裁判にかけられ、軍を辞職。

しかし彼が去っても、白人とインディアンの衝突・報復は繰り返されましたが・・・。

この虐殺を題材にした映画があります。 
それは1970年に公開された


 『ソルジャー・ブルー』 (原題:Soldier Blue


        


キャンディス・バーゲンが主役の女性を演じる同作の最後に、この虐殺の凄惨なシーンが描かれています。

かなり昔、この作品を地上波の洋画ロードショー番組で放映したことがあったそうな。

よくまぁ放送できたものだと驚きますが、
私はこういう負の歴史から目を背けないことで、人間の残酷さや愚かさを知ることができると思うんですけどネ。

皆さんは、どうお考えになるでしょうか?


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