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学生社長

今でこそIT関連で起業して社長になる現役大学生は珍しくありませんが、そのハシリというべき現役東大生が世間の注目を集めたのは、終戦直後にまで遡ります。


その人物の名は、


 山崎 晃嗣


今日は、この元祖・学生社長が自殺を図ってからちょうど70周年にあたります。(※死亡が確認されたのは翌25日)


       


彼は1923(大正12)年、関東大震災が起きた翌月に医学博士でもあり、事件が起きた時は2代目の木更津市長を務めていたた父・直の五男として、同市で生まれました。


非常に頭脳明晰だったことに加え、毎日15時間以上という猛勉強の末に一高・東大というエリートコースを突き進んだものの、戦争が彼の運命を大きく変えてしまいます。


学徒出陣で陸軍主計少尉に任官されますが、戦時中に部隊内で上官からのリンチで同級生を亡くしたこと。

また終戦直後上官の命令により食料横流しに加担したことで訴追され、取調べで警察から拷問を受けながら耐えて有罪ながら執行猶予がついて1年半後に釈放されたものの、自分だけが罪を背負わされたことから人間不信や人生に対する虚無感・厭世観が深く心に根ざしたようです。


1946年2月東大に復学するや、彼は全教科〝優〟獲得を目指し綿密な (というより病的な) スケジュール表を作成して猛勉強を始めますが、20教科中3教科が 〝良〟・・・ここでもショックを受けたとか。


そして1948年9月・・・彼は自らの頭の良さを確認するため、2人の学生と共に東京・中野区に 『光クラブ』 という貸金業の会社を設立し社長に就任。


資本金全てを 【遊金利殖、月1割3分】 などと謳った新聞広告に注ぎ込んだところ、これが大当たり。


この高利回り運用と、学生が立ち上げた珍しい名前の会社ということもあって注目度が高まり、出資者は後を断たず。


(日本マクドナルドの創始者・藤田田氏も出資した1人だったとか。)


その潤沢な資金を、彼は月2~3割という 『ナニワ金融道』 ・萬田銀次郎ばりの高利で個人事業者や中小企業に貸し付けて成功。


4ヶ月後には事務所を銀座に移転し、従業員30名を抱える程に急成長。 彼自身も何人もの愛人を囲うまでに。


         


しかしこんな暴利をお上が見逃すはずもなく、税務官と交際し内偵のため入社した女性秘書の通報・裏切りにより、1949年7月に物価統制令・銀行法違反により逮捕されてしまいます。


2ヵ月後に不起訴・釈放されたものの、不信感を抱いた債権者達が次々に手を引いたことで資金繰りに行き詰まり、約3,000万円(現在の貨幣価値で2.5~3億円)の負債の一部・300万円の決済を翌日に控えた11月24日深夜、最期の一文が


「貸借法すべて清算カリ自殺 晃嗣 午後十一時四八分五五秒呑む。


午後十一時四九分 ジ・エン・・・」


という、いかにもスケジュール魔だった彼らしい遺書を残し、青酸カリを飲み自殺して果てました。

最後に〝ド〟と書く直前に意識不明に陥ったのでしょうが、社長室の机上には、その遺書と交際した8人の女性の写真が整然と並べられていたそうな。

その異常なほどの几帳面さから推して、今風に言うなら強迫神経症だったのかもしれません。


以前華々しく世間に登場しながら結局は逮捕されたホリエモンと比較する論評が出ましたが、彼らはお互いをどう見るのか、興味あるところではあります。

この学生社長と事件に関して詳しく知りたい方には、こちらのご一読をお勧めします。

 『眞説 光クラブ事件 戦後金融犯罪のひかる真実と闇
                           (保坂正康・著 角川文庫・刊)


       

この『光クラブ事件』は、(戦前の価値観・権威が完全に崩壊し既存の道徳観を欠いた無軌道な若者による)アプレゲール犯罪のひとつと言われました。


名家に生まれながら、医学部への進学を望んでいた父親の意向に反して法学部の道に進んだ複雑な父子関係が、彼の人生に少なからず影を落としたことが伺えます。

更に悲惨な軍隊体験が、彼を感情が表に出ない合理主義者に変えたのかも・・・。

同書を読めば、自殺する1年数ヶ月前までは勤勉な東大生だったのに、なぜ彼が高利貸の道に突き進んでしまったのか? その裏事情を垣間見ることが出来ます。


もし彼が平成の世に生まれ、戦争中の人間不信に陥るような事件に巻き込まれなかったら・・・皆さんは彼がどんな人生歩むと予想しますか?

【余 談】

山崎と同時期に東大に通い、同じ授業にも出席していたといわれた三島由紀夫氏は、彼をモデルにした『青の時代』という作品を事件の翌年に上梓しています。

そしてその三島氏が防衛庁で割腹自殺をして果てたのは、同作を発表してからちょうど20年後の、山崎の命日と同じ11月25日でした。

これは果たして偶然だったのか・・・?


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