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コロラトゥーラ

モーツァルトが作曲した最後のオペラにして、最も人気が高いのが、    


  魔 笛   

 Die Zauberflöte


この作品が初演されたのは、今から227年前の今日・1791年9月30日・・・彼が亡くなる約2ヶ月前のことでした。


この作品は、モーツァルトとは旧知の仲で、ヨーロッパ各地を巡業していた旅一座のオーナー兼俳優だったエマヌエル・シカネーダーの依頼によって創られました。


仕事がなく生活に窮していたモーツァルトを見かねたシカネーダーが自ら書き起こした台本を渡し、モーツァルトが1791年3月から半年間かけて9月28日に完成させ、その2日後に初演されたのです。


会場はシカネーダーが座長を務めるウィーンのアウフ・デア・ヴィーデン劇場で、彼自身が主役のパパゲーノを演じ、モーツァルト自らが指揮をしたそうな。


                          

               パパゲーノに扮したシカネーダー


ストーリーは王子が姫を救出する形で進行しますが、途中で善玉と悪玉が入れ替わるなど、やや辻褄が合わない部分が。


それはモーツァルト・シカネーダー両人がフリーメイソンの会員で、その教義を作品に埋め込んだため。


しかし全体的には堅苦しくなく随所に見せ場があり、約2時間半の公演時間でも観客は大いに楽しめる内容で、初演は大成功。


以後1年間で、100回も上演されたそうです。


この作品は、私自身初めてレコードを買ったオペラであり、大のお気に入り。


今でも時々聴いているCDは、その最初に買ったレコードと同じ、カール・ベーム指揮/ベルリン・フィルの演奏で、この作品の〝教科書〟と言われている名演。


       


ではまず、その中から 〔序曲〕 をお聴きください。(↓)


 


p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">今はもう1セット、カラヤン/ベルリン・フィルのCDも手元にあるのですが、どうしても昔から聴き慣れたベーム版に手が伸びてしまいます。あせあせ


       


そして、このオペラで何と言っても有名なのが、〝コロラトゥーラ〟と呼ばれるソプラノ歌手が人間の声の限界かと思われる、まさに転がるような最高音を出す大きな見せ場、〔夜の女王のアリア〕。(↓)



どうです、凄いでしょう。 


私は、教室の黒板を引掻く時に出る音を思い出して、顔が歪みます・・・なんて言ったら、モーツァルトと歌手に叱られるでしょうが。


その他にも、印象深い旋律が次々と出てくるこの作品、是非一度通しで聴いていただきたいと思います。


モーツァルト自身が、亡くなる間際まで 「もう一度聴きたい」 と言っていた名作ですから・・・。


さて私は今宵、ベームとカラヤンどちらを聴こうかしらん?


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【拡散希望】  美 味

今日は、美味しい食材のご紹介をさせていただきます。

皆さんは〝アグー豚〟をご存知、あるいは既に召し上がったことがおありだと思います。

この豚は沖縄県の琉球在来豚なのですが、この豚肉を


 カナンスローファーム

という農場から、通販で手に入れることが出来ます。

同ファームでは、酒粕・豆腐粕・海水などを使用した独自の餌を配合しストレスのない放牧形式で飼育しているそうで、通常の豚肉にはない深い赤肉の旨味と不飽和脂肪酸(善玉コレステロール)を多く含む甘い脂肪が特徴とのこと。


     


私も実際に通販で購入し食べてみたところ、確かに一般の豚肉とは違った歯応えと甘み・・・というか肉そのものの旨味を感じました。

300gの冷凍肉4パックを、冷しゃぶや肉じゃがなどで十分堪能することができましたし、すぐにリピート買いしました。

こちらの農場では、豚肉だけでなく(季節によって)マンゴーやドラゴンフルーツなど沖縄ならではの特産品も取り扱っていますので、是非下記HPをクリックして、ご注文していただければ・・・。


     https://canaan1226.thebase.in/


     (※上記アグー豚の画像は、同HPからお借りしました)


さて、そしてこのファームを皆さんにオススメする理由は、美味しさ以外にもうひとつあります。

私が同ファームの経営者・依田啓示さんを知ったのは、FBを通じてでした。


   https://www.facebook.com/keijiyoda


依田さんは現在、左翼勢力が傍若無人に暴れ回る沖縄で、彼らに対抗する保守陣営の中心人物として現張っておられます。

故に彼は沖塙左翼から有形無形の妨害を受けており、2年前に公道で違法検問していた彼らの一部と揉み合いに。


このトラブルに関し、現在刑事裁判で係争中なのです。

※当該事件に関する詳細は、こちらをご覧ください。(↓)
     https://supportyodakeiji.ti-da.net/e9913732.html


皆さんには是非ファーム商品のご購入を通して、彼を支援していただきたいと思う次第。

(もちろん、上記HPに記載されている作家の百田直樹さんや上念司さんらが世話人を務める〝サポートの会〟に直接募金いただいても結構です。)

また同ファームには宿泊施設もあるそうですので、沖縄観光に行かれる際には是非お立ち寄りください。


       


      沖縄県国頭郡東村平良863-2  TEL&FAX : 0980-43-2468


明日投票が行われる沖縄県知事選で、依田さんら保守層が応援する佐喜真(さきま)淳候補の勝利を信じつつ、依田さんのご支援及び拡散をお願い致します。

国防の要・沖縄が、支那勢力に侵されるのを防ぐためにも・・・。扇子

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白 虹

先々月、拙ブログでは 『米騒動』 に関して、また先月には 『シベリア出兵』 の記事を掲載しました。(↓)
   https://ameblo.jp/warmheart2003/entry-12379011828.html

  https://ameblo.jp/warmheart2003/entry-12294786828.html


そして、この2つの歴史的な出来事に関連した

はっこう
白虹事件


が起きたのが、ちょうど今から100年前の今日のことでした。

大正デモクラシーの風潮が強まっていた当時、先頭を切って言論活動を行い、前述の米騒動やシベリア出兵に関して寺内内閣を厳しく批判していたのが、大阪朝日新聞でした。

それに業を煮やした寺内首相は、1918(大正7)年8月14日に、米騒動に関する一切の新聞報道を禁止。

扇動報道によって全国に暴動が広がったのですから、当然の措置・・・だと私は思うのですが、新聞各社は猛反発。

8月25日に政府に対する禁止令の解除などを求める関西記者大会が開催されたのですが・・・その様子を書いたその日の夕刊(日付けは26日付け)の記事が事件の発端となりました。

問題となったのは、この記事。


食卓に就いた来会者の人々は肉の味酒の香に落ち着くことができなかった。 金甌無欠(※きんおうむけつ=完全で欠点がないこと)の誇りを持った我大日本帝国は今や恐ろしい最後の裁判の日に近づいているのではなかろうか。 


『白虹日を貫けり』 と昔の人が呟いた不吉な兆が黙々として肉叉を動かしている人々の頭に雷のように響く」

  
                              
赤矢印部分が当該記事


この文中にある 「白虹日を貫けり」 というのは、荊軻という刺客が秦王(後の始皇帝)暗殺を企てた時に起こった自然現象を記録したもの。


白虹は凶器を、そして日は秦王を表わしており、内乱が起きる兆候を指す故事成語。

政府は、この記事を 『
朝憲紊乱罪』 (天皇制国家の基本法を乱す罪)という当時最大の罪にあたる革命を扇動したと断じ、新聞紙法第41条


「安寧秩序ヲ紊シ又ハ風俗ヲ害スル事項ヲ新聞紙ニ掲載シタルトキ」


に該当するとして、筆者・大西利夫と編集人兼発行人・山口信雄を大阪区裁判所に告発・起訴し、それぞれ禁固6ヶ月を求刑。


更に検察当局は大阪朝日新聞を同法第43条に基づき発行停止に持ち込もうとしました。


寺内首相は9月に入って体調を崩し、同月21日に退陣しましたが、それまでとは形勢が一転して関西地区では大阪朝日新聞の不買運動が起きたことで、当時の村山龍平社長が原・新首相に対して当局に監督不行き届きを陳謝し、社内の綱紀粛正を誓いました。

        


しかし9月28日、新聞社を出て人力車に乗って帰宅途中、右翼団体・黒龍会の所属メンバー7名に襲撃されたのです。

彼は丸裸にされて電柱に縛り付けられ、〝代天誅国賊〟と記された布切れを首にかけられる始末。

事態を重く見た同社は、10月15日に村山社長が退陣し、上野理一が新社長に。

その他編集幹部が次々と退社し、代わりにそれまで閑職に追いやられていた上野派の社員が要職に就きました。


一方、寺内首相の後釜となった日本憲政史上初の〝平民宰相〟原敬は、過去に新聞社勤務の経験があり、業界事情に精通していました。

 ※原敬に関する過去記事は、こちら。(↓)



その新首相が上野・新社長を呼び出して、起訴された社員には控訴しないよう説得する約束を取りつけ(12月4日出された判決は禁固2ヶ月)、その代わりに大阪朝日新聞社は発禁処分を免れました。

12月1日付の同紙には、「本紙の違反事件を報じ、併せて本社の本領を宣明す」 という長文の宣言が掲載され、そこで同社は不偏不党の報道に徹する旨の決意を世に公表。(↓)

 


その後同紙の記事には、以前のような急進性が影を潜めました。

簡単に言えば、大阪朝日は原首相に手なづけられて宗旨替えをすることと引き換えに、新聞の発禁処分を免れた・・・ということ。

しかし、戦前・戦後を通じ朝日新聞が掲載した偏向・捏造記事の数々を見れば、この宣言が単に上辺を取り繕っただけで、本質は全く変わっていないことは明白。

この事件が政府による言論弾圧なのか、それとも朝日の自爆だったのかは皆さんの判断にお任せしますが、
新聞の偏向・捏造報道を規制する法律がない今、

「嗚呼、この時に朝日新聞を潰しておけば・・・」

とため息をつくのは、私だけではないでしょうネ。
うー




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剥 奪

今日は、クイズからスタートです。 この人は、誰?(↓)


       


えっ、ボビー・オロゴン? いえ、似ているけど違います。

正解は・・・この写真を見れば分かりますょネ。

       


そう、かつて陸上短距離界に君臨したスーパー・スター


    ベン・ジョンソン

  Benjamin Sinclair "Ben" Johnson


1988年に開催されたソウル五輪・・・9月24日に行われた〝世界最速の男〟を決める男子100m決勝で、オリンピック連覇を狙う宿敵カール・ルイスに競り勝ち、9秒79という(当時としては)驚異的な世界新記録で優勝。

 ※レースの動画は、こちら。(↓)
 


この動画の2分過ぎ、スタート直前にNHK・羽佐間アナが 「筋肉のかたまり!」 と表現していますが、その後の出来事をいみじくも暗示する筋肉 ジャナカッタ 皮肉な実況になろうとは・・・。


決勝レース後に実施されたドーピング検査で使用を禁止されていた筋肉増強剤の陽性反応が出たと報じられたジョンソン選手は、その翌日世界中のマスメディアに空港で囲まれつつ逃げるように帰国。


そして結局レースから3日後・・・今からちょうど30年前の今日・9月27日に、IOCから金メダルの剥奪・記録抹消処分が下されたのです。


〝世界一の最速男〟から〝世界一のヒール役〟へ・・・その落差はあまりに大きいものでした。


1961年にウサイン・ボルトと同じジャマイカで生まれた彼は、カナダに移民してから陸上を始めましたが、さほど目立つ選手ではありませんでした。

それが1984年のロス五輪・100mで銅メダルを獲得した辺りから急激に記録を伸ばし、カール・ルイスに競り勝つように。

ちょっと下の写真を見比べて下さい。

   

左が1982年の無名時代で、右がソウル五輪・・・筋肉のつき方が素人目にもはっきり違いますょネ。

筋力トレーニングだけで、こんなゴツい体にはなりません。
マークされるのも当然でしょう。


そして謹慎処分が解かれ出場した4年後のバルセロナ五輪では準決勝で姿を消し、しかもその翌年の競技大会で再びドーピングに引っかかった彼は国際陸連から永久追放処分を受け、トラックから姿を消しました。


その後アトラクションでサラブレッドと競争する姿には唖然としましたが、驚いたのは18年前にイタリアを旅行中、自分の財布をスッた少女を追いかけたのに捕まえられなかったという、ウソみたいな本当の話。


薬物服用を止めただけで、100mを9秒台で走った人間でもそこまで筋力が落ちるものなんでしょうか?


〝落ち目のタヌキ〟もここまでくると、哀愁さえ漂ってしまいます。


現在でもドーピング技術はプレーヤー側と摘発する側のイタチごっこが続いていますが、少なくともオリンピックの金メダリストが再び永久追放になる事態は避けて欲しいものですネ。

そんな選手が再来年の東京大会で出てこないことを祈るばかりです。


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ワープロ

今日のタイトル、中高年の方には馴染みがあると思いますが、 「なにソレ?」 って首をひねる若者もいらっしゃるでしょうネ。


私は今でも時々 「ワープロを打つ」 って口を突いて出てしまう時があり、そのたびに (あ~ぁ、また言っちゃった!) と自己嫌悪に陥ります。


今は 「パソコンで文書を作成する」 とか 「Word を使う」 等と表現するのが正しいのでしょうか?


ま、それはともかく・・・初の日本語用のワープロ すなわち


ワードプロセッサー


の開発が東芝から発表されたのが、今からちょうど40年前の今日・1978(昭和53)年9月26日でした。


翌年2月から発売が開始された 『JW-10』 というそのワープロは、1台なんと630万円驚き顔


そして総重量が220㎏もあったそうな。(


              


発売から遡ること7年前・・・『JW-10』 の開発者・森健一氏と新聞記者が雑談していた時、「欧米の新聞記者に比べて日本の記者は記事を書くのが遅い」 ことが話題となったそうな。


森氏はそれが道具の差であると考え、日本語ワードプロセッサーの開発を決心したことが、この画期的製品誕生のキッカケだったとか。


以後各社のワープロ開発競争は激烈を極め、低価格・軽量小型化が急速に進みました。


私が社会人になって4年目の1984年頃でしたか・・・取引先に伺った際、そこの社長さんが


「おぉっ、ナベちゃん、ちょうどいいところに来たねェ。 

ちょっとこっちにおいでょ。」


そう仰って社長室に招き入れられると、デスクの上になにやら菓子折り箱みたいな物が。


「これ、何だか分かるかい?」 


得意げに話しかける社長。 私は見たこともない物体に想像もつかず、「何スか、これ?」 と聞くと、


「へっへっへ~、これが〝ポータプル型ワープロ〟ってヤツよ。


新製品だから高かったんだぜ、コレ。」


何でも20万円近く・・・確か当時の私の手取り月給くらいでした。


そしてもうひとつ驚かされたのは、その製品のメーカーがブラザー工業だったこと。 


私のイメージでは、同社はミシンや編み機の製造会社。


(へぇ~、ブラザーさんまで手掛けるワープロって、将来有望な製品なんだなァ~。)


と思ったことを憶えています。


当時のワープロは僅か1~2行しか画面に表示できず、モノクロ。

印刷用のインクリボンはすぐになくなって、しょっちゅう交換が必要。


現在のPCソフトの利便性とは隔世の感があります。

ちなみに私が自分で初めて買ったのは、社長に見せびらかされてから3年後・・・東芝のルポでした。

       


数行が画面に表示される、当時としては最先端の機種でしたが、1990年代に入ると画面が白黒からカラー液晶へと進化。

しかしパソコン用のワープロソフトやプリンターの進化が急速に進み、ワープロ専用機のニーズは低下。

1999年にはパソコンの売上がワープロ専用機の売上を逆転し、2001年までに製造が中止されました。

画期的な発明と言える日本語ワープロは、開発から僅か23年で寿命を迎えたのです。

確かにワープロは便利な製品ではありましたが、これを使うようになったおかげで字を書く機会が減り、唯でさえ悪筆の私はますます字がヘタクソになったような気がします。


そしてもうひとつ。


すっかり漢字を書けなくなってしまったんですが・・・これも、決して歳のせいだけじゃないですょネ? うー


 


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復 活

強い男が、帰ってきました。

昨日、米ジョージア州アトランタのイースト・レイクGC(7,362ヤード パー70)で行われたPGAツアー最終戦、ツアー・チャンピオンシップ最終日で、


 タイガー・ウッズ 選手
  Eldrick Tiger Woods


が4年1ヶ月ぶりの優勝を果たし、ツアー通算80勝を達成しました。

    


1996年8月にスタンフォード大学を中退してプロ転向すると、同年10月にいきなり2勝。

翌年4月には史上最年少の21歳3ヶ月でマスターズで優勝を飾ると、2006年に父・アールさんを亡くしながらも264週連続世界ランキング1位をキープするなど、以後10年余りにわたってプロゴルフ界の頂点に立ち続けました。

しかし2009年11月、不倫問題で激怒した妻から車で逃げる途中で交通事故を起こし、負傷。

その後このスキャンダルやケガなどが重なり、2013年のブリヂストン・インビテーショナルに勝って以降、優勝から遠ざかっていました。

昨年5月には飲酒あるいは薬物服用での運転をして逮捕され、その際に公開された写真には、私を含め多くのゴルフ・ファンは衝撃を受けたはず。


           


同年11月には、世界ランキング1,199位という信じられないところまで落ち込んだタイガーでしたが、今年からツアーに復帰すると徐々に復調の兆しは見えていました。

3月に行われたバルスパー選手権で2位に入ると、プレーヤーズ選手権で11位。

更に全英オーブンでは最終順位は6位ながらも一時首位に立ち、全米プロでは単独2位と、いつ勝ってもおかしくない状況でシーズン終盤のブレイオフに突入。


そしてプレイオフ最終戦の今大会・・・2位とは3打差の単独首位で最終日を迎えたタイガーは、追いかける選手がスコアを落とす中で安定したプレーを続け、2バーディー・3ボギーの71でラウンドし、見事な復活優勝を遂げたのです。


    

              6番ホールのセカンド・ショット

タイガー・ファンの私は未明からの生中継で1番ホールから彼のブレーを見ていましたが、まさに横綱相撲、堂々たるプレーでした。

ホールが進むにつれギャラリーの数が増え続け、最終ホールではフェアウェイを開放しなければならない程。


 

        最終18番ホール ギャラリーを引き連れるタイガー

過去首位で最終日を迎えた42戦中、優勝したのが40回という逃げ切りに強いタイガーの、まさに面目躍如でした。

完全復活した彼が目指すのは、まずPGAツアー通算勝利記録であるサム・スニードの82勝、そしてジャック・ニクラウスの持つメジャー通算18勝に追いつき、追い越すことでしょう。

ツアー通算勝利については、来年中に達成はおろか、新記録樹立の可能性は十分。

そしてメジャー通算勝利も数年後には実現できるかもしれません。


    

唯一の不安材料は、今年12月に43歳を迎える彼の年齢でしょうか。

しかし40歳代に優勝回数を積み上げた前例はあります。

ビジェィ・シン選手はPGAツアー通算34勝を誇りますが、彼は40歳代でそのうちの18勝をマークしていますし、日本のジャンボこと尾崎将司選手も、ツアー113勝のうち39~53歳まで15年連続勝利・66勝を挙げています。

タイガーの体型・筋肉はトップ・アスリートそのものにシェイプされていますし、素人目に見ても全盛期より更に洗練されて身体に負担をかけないスイング・フォームになっていますから、私は両記録更新の可能性はかなり高いと踏んでいます。

それどころか、通算100勝の偉業をも十分狙えるはず。

来シーズンは、今季未勝利ながら昨日の最終日65のベストスコアをマークして4位にジャンプアップ、年間ランキングも13位に上がった松山英樹選手と共に、タイガーの活躍から目が離せなくなりそうです。


 

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大御所

日本映画・ドラマ界きっての大物俳優で、〝霊界の権威〟・・・といえば、もうあの方しかいませんょネ。 今日は、その

 丹波 哲郎 さん


の命日・十三回忌にあたります。


       


丹波 (本名・正三郎)さんは、1922(大正11)年に日本画家・丹波緑川さんの三男として現在の新宿区百人町に生まれました。


中央大学法学部に進学し、在学中にGHQの通訳アルバイトをしたことが、後々大いに役立つことになります。


同大卒業後は俳優を志し、小劇団を経て新東宝に入社。


デビュー作は主役級だったものの、その後は脇役ばかり・・・しかし主役を食う程の存在感が、当時からあったとか。


しかし1960年に同社社長と衝突して退職、フリーに。 


その後当時フジテレビのディレクターだった五社英雄さんとコンビを組んでテレビドラマに出演して注目されるようになり、『3匹の侍』でスターの座を手にします。

 
※五社英雄さんに関する過去記事は、こちら。(↓)



その後も東映映画で存在感のある役どころを好演しますが、何と言っても丹波さんをスターダムに押し上げたのは、人気映画シリーズの第5作・『007は2度死ぬ』(1967年)の出演でしょう。


かねてより海外映画への出演経験があり、英語が堪能だったことで指名されたそうですが、初代ボンド役のショーン・コネリーと共演したこの作品によって〝TETSURO TANBA〟の名は、三船敏郎さんと共に海外で知られるようになります。

    


しかし私が個人的に彼の出演映画として最も印象深いのは、1974年に公開された『砂の器』。           


加藤剛さんが演じる主役の音楽家を、地道な捜査で追い詰める警部補役・・・派手さはなくとも静かな迫力を持って演じた丹波氏の演技は、実に印象的でした。


    

またブルーリボン賞・助演男優賞と日本アカデミー賞・最優秀助演男優賞を獲得した 『二百三高地』(1980年公開) での児玉源太郎役も見事。


とはいえ、これらの作品は大人になってから観た作品。


私にとっては、高校時代に毎週みていた観ていた 『Gメン’75』 の黒木警視役こそが、丹波さんのイメージ。


        


文字通り1975年からTBS系列で放映されたこの番組・・・滑走路をメンバーが1列に歩くシーンは今もって忘れられません。

捜査チームを引っ張る黒木警視と、石原裕次郎氏演じる 『太陽にほえろ!』 の藤堂係長・・・この2人が、私にとって〝ボス〟のイメージそのものでした。


いつの頃からなのか、「家庭に仕事は持ち込まないから」 という理由(?)で台詞を覚えてこないことで有名になった丹波さん・・・晩年は俳優というより霊界話で知られたような気もします。


       

そんな丹波さんが84歳にして本当に霊界へと旅立ったのは、2006(平成18)年9月24日のことでした。


ドライブ中に交通違反で止められた際、警官に「Gメンの丹波だが・・・」と嘯いたという豪快(?)なエピソードがある反面、実際には人一倍心配性で繊細な神経の持ち主だったとか。

海外作品10本を含め、半世紀に及ぶ俳優人生で延べ300本以上の映画に出演したという大物俳優のご冥福を、改めてお祈り致します。 


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異 説

1日早いですが、明日・9月24日は

 中秋の名月

です。 これは太陰太陽暦(月の満ち欠けの繰り返しで成り立つ〝太陰暦〟を基にした暦)の8月15日の夜に見える月のこと。

中秋の名月=満月だと思っている方も多いと思いますが、必ずしもそうではなく、今年満月になるのは明後日の25日なのだそうな。


ですので、もし明日雲に隠れて見えなくても、もう1日チャンスがあります。
笑2

       

さて、その月に関してですが・・・皆さんは、この天体が天然物ではなく地球外生命体すなわちエイリアンが作って運んできた人工物だ、とする説があるのをご存知でしょうか?


これは決して素人の妄想ではなく、1970年7月にソ連政府機関の研究員だったミハエル・バシンとアレクサンドル・シェルバコフの2人が、雑誌 『スプートニク』 に発表した、歴とした学説。

彼らは最も深いクレーターのデータから、月は表層部が4kmと算出し、月の中が空洞であると唱えており、物理学上、空洞の天体は存在しないから、月は人工的に作られたものだと結論付けているのです。


        


更に彼らは、月の内部にはエンジンをつけた宇宙船があり、その存在を隠すために天体の外装でカムフラージュしている、と。

この一見突飛な学説が発表されると、アメリカを含む世界中から同調する学者が少なからず手を挙げたとか。

その根拠としては、

◆アメリカ・NASAの発表によれば、月の砂に含まれる主な元素は地球とは異質なクロム・チタン・ジルコノウムで、これらは巨大な人工衛星を強い放射線や隕石衝突など厳しい外的要因から保護するために必要な物質であること。

◆月にあるクレーターが隕石の衝突で出来たとするなら、その底辺が平らであるのはもちろん、突起物があるのは説明つかない。

    

◆アポロ11号が月面着陸に成功する3年前の1966年11月、その着陸地点を探るべく打ち上げられたルナ・オービター2号が撮影した月面写真の中には、いくつか人工的建造物と思われるものが確認された。

その最たる例は、アポロ11号が着陸した〝静かの海〟から僅か300km離れた地点に確認された鋭利な突起物。

    


これは15階建てビルに匹敵する高さがあり、水も空気もない月面で自然にできたとは考えられないし、またエジプトの古代遺跡にある精巧な象形文字が彫り込まれた〝オベリスク〟と極似している。

       


◆アメリカもアポロ宇宙船から月に物体を落下させて測定したところ、3時間にわたって振動が続いたことが確認されており、これは月が空洞であることを示している。


更には、古代の神話には天空に月がなかった時代の話があり、突然月が軌道上に現れた・・・それが地球外生命体が運んできた証拠にもなる、というのです。


日本には月に旅立つ 『かぐや姫』 の昔話がありますが、もしかしたらそれは実話であり、かぐや姫は地球の偵察にやってきたエイリアンが月へ帰った姿を語り継いだものだったのかもしれません。

えっ、それじゃロマンもへったくれもない?

いやいや、私はむしろ月に地球外生命体が常駐していて、地球を監視・・・いや、守っていると考えた方がロマンを感じますけど、皆さんはいかが?

明日・明後日と名月を眺めながら、じっくり検証してみてください。


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迷語録

2009年1月15日に起きたハドソン川不時着事故を描いた映画 『ハドソン川の奇跡』 をご覧になったことがある方、少なくないと思います。

※この映画に関する過去記事は、こちら。(↓)


この作品の中で、不時着した飛行機の乗客救助に向かう船に、あるメジャー・リーガーの名前が付けられていたのですが・・・ご記憶の方は、いらっしゃるでしょうか?

今日はその、ニューヨーク・ヤンキースで活躍し、つけていた背番号8が永久欠番となっている名キャッチャー、

     ヨギ・ベラ  選手

Lawrence Peter "Yogi" Berra


の命日・没後3周年にあたります。


      


ベラ選手は、1925年にミズーリ州セントルイスに生まれました。

ヨギという愛称は、子供の頃に友人が観た映画に出てきたインドのヘビ使いとベラの歩き方がソックリだったことから、インドっぽい渾名をつけたのが始まりだったとか。

1943年にプロ入りしたものの、時はちょうど第二次世界大戦の真っ最中。

彼も海軍に入隊してヨーロッパ戦線に従軍し、ノルマンディー上陸作戦に参加しています。

終戦後の1946年ヤンキースに入団し、同年9月22日にメジャーに昇格し初出場すると、いきなりホームランをかっ飛ばすという華々しいデビューを飾ります。


彼の前に正捕手を務めていたビル・ディキーに徹底的に鍛えられたベラは、身長173cmと小柄ながらもジョー・ディマジオやミッキー・マントルらと共にヤンキースの黄金時代を築きました。


       


1963年に引退する(1965年にメッツでカムバックし数試合出場したものの)までに通算2,148安打、打率.285をマーク。

特に通算本塁打358本は当時キャッチャーとしては最高記録。

また14回ワールドシリーズに出場し10回の優勝を経験。
つまりチャンピオンリングの保有数10個・・・これは、メジャー史上最多記録。

永久欠番となるのも、当然の成績ですょネ。

また彼はメジャーリーグ屈指の〝バッドボールヒッター(悪球打ち)〟という異名を取っており、日米野球では、金田正一投手が投じた頭の上にきたボールをライトスタンドに放り込んだことも。

『ドカベン』 の男・岩鬼も真っ青!?


現役引退後はコーチ・監督としてヤンキースやメッツなどで活躍した彼ですが、実は彼を有名にしたのは成績よりも、その名・・・というより迷語録の数々。


       


迷言といえば、日本では長嶋茂雄氏が有名ですが、ベラも負けてはいません。 その一部をご紹介すると、

「ボクはいつも、1時から4時までの2時間、昼寝するんだ。」


「野球の90%はメンタル、残りの半分はフィジカルだ。」


「スランプなんかじゃない、バットにボールが当たっていないだけだ。」

「試合は終わるまで終わりじゃない。」


「電車を乗り間違えるって分かってたから、早く家を出たんだ。」


「他の人の葬式には必ず出ないとね。

そうしないと、彼らが自分の葬式に来てくれないから。」

・・・どうです、我らがチョーさんといい勝負でしょう。

2015年9月22日に、ヤンキースの永久欠番選手の中で最も長寿の90歳で他界した、記録も残したけれど、それよりも記憶に残る迷・・・じゃなくて、名選手の冥福をあらためてお祈りいたします。
笑3


 


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3 選

昨日行われた自民党総裁選で、安倍総理が予想通り石破氏を破って3選を果たしました。


810票中、安倍総理の得票は553票、石橋が254票でダブルスコア以上の圧勝(※白票3)。


朝日新聞ら反日左翼メディアは、石破氏が地方票の45%(※安倍総理は55%)を抑えたことで、やれ 「地方の反乱だ」 などと書き立てて安倍総理の勝利にミソをつけていますが、それは的外れ。

なぜなら6年前の総裁選(※3年前は安倍総理の無投票当選)では、石破氏の地方票得票率は55%で安倍氏は29%。


最初の投票では石破氏が得票率第1位ながら決選投票で安倍氏が逆転勝利・・・実質的には石破氏の地方票の支持率は下がっているのですから。

とは言え、自民党内にも新聞・テレビしか見ない情弱(高齢)者がいるのも事実であり、問題ではありますが。


     


さて、向こう3年の舵取りを任された安倍総理は10月1日に内閣改造を行うそうですが、新内閣に期待するのは(ご自身が3選直後に言明した通り)〝憲法改正〟。

自衛隊の存在を憲法上で保障するのはもちろんですが、改正すべきは何も第9条だけではありません。

私はむしろ将来を見据え時代に即して何度も改憲できるよう、第96条の改正が必要と考えます。 同条では

『憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会がこれを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。 この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。』

と規定していますが、このハードルを下げることが肝要かと。


第二次世界大戦後から昨年まで、ドイツでは96回、アメリカは6回の憲法改正を行っています。

両国とも議会の2/3以上の賛成を必要としている点は日本と同じ(アメリカはそれに加えて州議会の3/4の承認が必要)ですが、国民投票は不要。

ならば日本も国民投票を外すか、さもなくば議会承認の比率をやはり27回改憲したフランスのように各院の過半数および両院の3/5以上の賛成など、現行より条件を下げるべきかと。

そうすれば、今後日本も改憲がしやすくなるはず。


日本国憲法が公布・施行されたのは、GHQの占領下にあった時。

ハーグ陸戦条約第43条では、「占領下に恒久憲法をつくってはならない」 と規定していますから、現行憲法は明らかに戦時国際法に違反しています。

占領国から押し付けられた英文憲法を和訳した、国際法上違法な代物を〝平和憲法〟などといって有難く押し戴いている限り、日本は真の独立国とは言えないでしょう。

何としても、日本人が日本語で規定した分かりやすい憲法に切り換えるべき。


安倍政権には、是非ともその道を開いてくれることを期待しています。


       


そして、安倍総理に課されたもうひとつの宿題・・・それは、後継者の育成でしょう。

国民が安心して国政を任せられる保守本流の政治家を育てること。

私が考える後継者の条件としては、

◆苦しい時に離党して都合の良い時に復党したり、味方の大将を背中から撃ったり、靖国参拝をしない政治家は除外。


麻生氏ではないですが、冷や飯を食ったことがない、また苦境から逃げ出したり味方を裏切るような政治家は信用できません。


また英霊に敬意を表せない政治家に日本の舵取りをする資格はないと考えます。

◆左翼メディアや特定野党が応援する候補も除外。


そういう政治家は、たとえ自民党に所属しても保守本流とは言えず信用できません。 むしろ彼らが批判する人物こそ、自民党のトップに望ましいでしょう。

◆掲げる政策に具体的な数字や納得すべき根拠が挙げられること。


特定野党のように、ただ耳障りの良い言葉だけを列挙するだけで財源などの根拠を示せない政治家は、信用できません。


以上の条件で考えるなら、石破氏は論外。 

野田・岸田両氏の閣僚経験者も失格。
国民に人気があると言われている小泉ジュニアも、現時点では信用できません。

じゃあ誰だ? と言われると困ってしまいますが、今のところ河野外相が最右翼でしょうか。 しかし親父が親父ですからねェ。

安倍総理が向こう3年間で後継者を見つけ育てて欲しいですが、もし適格者が出なければ、次回総裁選には麻生氏にワンポイントで再登板していただき、それでもまだ適当なニューリーダーがいなければ安倍氏に3回目のカムバックをしてもらうしかないかも・・・。


★ 現在の自民党規定では、総裁の任期は3年・連続3期までですが、一旦退任した総裁の再任を制限する規定はありません。


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