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犠 牲

中高年世代の方なら、〝アポロ計画〟のことはご存知でしょう。

1969(昭和44)年7月には11号が人類初の月面着陸に成功し、その中継を観ようと日本国内ではカラーテレビが飛ぶように売れjました。

更に翌年開催された大阪万博では、持ち帰られた〝月の石〟が展示され、それを一目見ようとアメリカ館には長蛇の列が出来たものです。

まさに20世紀を代表する宇宙計画でしたが・・・その成功の陰には少なからぬ犠牲が払われていました。

今からちょうど50年前の今日に起きた

 アポロ1号火災事故

が、その最たる事例と言えましょう。

第二次世界大戦後の冷戦下、宇宙開発競争でソ連と鎬を削っていたアメリカは、ケネディ大統領が1961年に

「1960年代中に、人間を月に到達させる」

という演説をぶち、この実現のために練られたのがジェミニ計画を引き継いだアポロ計画。

その第一段階である、G・グリソム船長(写真中央)E・ホワイト副操縦士(同左)、R・チャフィー飛行士(同右)の3人が搭乗するアポロ1号の打ち上げが1967年2月21日に予定されていました。

      

しかし、月到達を大統領の公約通り実現させるために計画はかなり速足で進められ、当然現場では度重なる設計変更など様々な障害が発生していました。

そして発射予定日の約1ヶ月前の1967年1月27日・・・ケネディ宇宙センター34番発射台で行われた予行演習中に、司令船内で火災が発生。

乗り組んでいた3名の宇宙飛行士全員が死亡し、司令船も焼失する事態となりました。

      

NASAは調査委員会を設置し原因の調査に乗り出しましたが、飛行士たちが死亡したのはハッチが内部から開かなかったことが判明したものの、結局複数の要因が重なったものと公表されるに留まりました。

当然アポロ計画に対して懐疑的な世論も噴出しましたが、技術陣や幹部は計画を中止せずそのまま推し進めました。

それは大統領の公約を守るためもあったでしょうが、大きかったのは飛行指揮官ジーン・クランツの熱意と決断力でした。

         

                 Gene Krantz

彼は事故から3日後の1月30日、部下を管制室に集めて檄を飛ばします。

「今日以降、管制室は二つの言葉で知られることになるだろう。

“Tough and Competent. ” (タフかつ有能であれ )だ。


タフとは、自分のしたことや失敗について常に責任を持つということだ。 自分の責任について妥協することは決してあってはならない。

有能であれとは、あらゆるものをそれが当たり前だと思ってはならないということだ。


管制室は完璧でなければならない。 今日、この会議が終わって事務室に帰ったときに君たちがまず第一にしなければならないのは、この言葉を黒板に書くことだ。


書いたら絶対に消すな。


毎日部屋に入るたびに君たちはこの言葉を目にして、グリソム、ホワイト、チャフィー3人の尊い犠牲を思い出すだろう。


この言葉が、管制室の仲間たちへの入場料になるのだ!」

これに奮起した部下たちが、その後11号の月面着陸を成功させ、ケネディ大統領の突拍子もない言葉を現実化させたのです。

ところで、上のクランツ指揮官の名前と写真・・・どこかで見覚えがありませんか?

そう、映画『アポロ13』(1995年公開)でエド・ハリスが演じたのが、このクランツその人。

           


よく似ていますが、この映画の中でもクランツはトラブルで地球に帰還できるかどうかの瀬戸際で、部下に対して

failure is not an option.”


つまり 「失敗することは考えるな!」 と鼓舞していました。

大きな事を成し遂げるためには、トップの求心力と部下を動かす熱意と言葉が不可欠である・・・半世紀前に犠牲となった3人の宇宙飛行士の冥福を祈ると共に、あらためて胸に刻みたい教訓です。笑3


                  

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