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4コマ


女性にはあまり馴染みのないかもしれませんが、今日は主として新聞の4コマ風刺漫画家として活躍した

 福地 泡介 さん

の命日・・・早いもので、二十三回忌にあたります。


           



福地(本名:豊)さんは、1937年に岐阜県関市で生まれました。

高校生時代から加藤芳郎さんらの作品に刺激を受けて漫画を描き始め、予備校時代から新聞・雑誌に投稿し、早稲田大学法学部入学後は園山俊二さん・東海林さだおさんらと漫画研究会を創設。

大学を中退して商事会社に勤務してからも、新聞・雑誌向けの作品を描き続けたといいますから、根っからの漫画好きだったんでしょうネ。


1962(昭和37)年に独立し、3年後から漫画サンデー誌に連載が始まった『ドボン氏』で注目されました。


時代に先駆けていち早くパソコンを導入したことでも知られています。

個人的には、私が社会人になってしばらく経った1985(昭和60)年から日本経済新聞に連載が始まった『ドーモ君』は、通勤中に楽しませてもらいました。

         


このドーモ君の顔、どこかで見覚えがある方、多いのでは?

※この連載は福地さんが亡くなる直前まで続きましたが、なぜか日経はその後4コマ漫画の連載を中止。 「余人を以って替え難い」という事だったのでしょうか?


またテレビで彼の姿を観たのは、『クイズダービー』。

はらたいらさんの代役を始め何度かゲスト出演されてましたが、はらさんや黒鉄ヒロシさんら同業者の方々が皆一様に物静かでかつ物知りだったという印象が残っています。

しかし実際の正解率は、はらさんが.747、黒鉄さんが.662と高かったのに対し、福地さんは僅か.379(22勝36敗)だったのは、ちょっと意外。冷や汗

しかし個人的には福地さん=漫画家というより、〝雀士〟すなわちマージャンの名手というイメージの方が強いんです。


ちょうど社会人になって取引先とよくマージャンをやっていた私にとって、彼の麻雀に関する著書は大変面白く参考になりましたから。

        

           『名人泡介の勝ち組マージャン』 (徳間文庫)

食事にはあまり頓着なく大好物がラーメンだったという福地さんは、あまり健康に気を使わなかったのでしょうか・・・今から22年前の今日・1995(平成7)年1月5日に肺癌のため57歳の若さで突然この世を去ってしまったのです。

そう、阪神淡路大震災の直前でした。

はらたいらさんは57歳、園山俊二さんが57歳、谷岡ヤスジさんは56歳・・・漫画家が比較的短命なのは、やはり不規則な生活と締切に追われるプレッシャーがキツいからなのでしょうか?

あらためて〝4コマ漫画の鬼才〟のご冥福をお祈り致します。笑3



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