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左 遷

学問の神様といて今でも崇められる、菅原道真公。

845(承和12)年、祖父・父ともに学者だった中流貴族の家に生まれた彼は幼少の頃より詩歌に才能を見せ、18歳で文章生、23歳で早くも正六位下に叙せられ、その後もトントン拍子で出世を重ねました。


更に宇多天皇・醍醐天皇に重用され、家の格を遥かに飛び越えた右大臣にまで上り詰めたのです。


しかし急な出世をやっかむ人間は、いつの世にもいます。
左大臣・藤原時平も、その1人でした。

彼はライバルの道真公を追い落とすべく、「あやつは政治を私物化し、貴方様を追い落とそうとしている」と盛んに醍醐天皇に讒言。

これを真に受けてしまった醍醐天皇は、道真公を九州・太宰府に左遷。

傷心の道真公が京の都から大宰府に出立したのが、今から1115年前の今日・901(昌泰4)年1月25日のこと・・・ということで、今日は

 左遷の日

なのだそうな。

          ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-菅原道真

                  菅原道真公


道真公は、その後復活することなく、失意のうちに2年後57歳でこの世を去りました。


その後国内では疫病や日照りが流行り、6年後に彼を追い落とした藤原時平が39歳で病死。 


そして彼の甥とその息子も相次いで病死すると、更には道真公の子供らを流刑に処したとされる藤原清貫が落雷で死亡。


これらの異変を朝廷は「道真公の祟りだ」 と恐れ慄き、彼の罪を免じて子供らの流刑を解除、京に呼び戻しました。


更に北野天満宮を建立して道真公を〝天神様〟として祀り、祟りを鎮めようとしたのです。


(※天神を祀る神社は、現在湯島天神・太宰府天満宮をはじめ全国で数千社あるそうな。)


げに人の恨みは怖いものです。

さて、現在の地位を下げられたり、本社から昇格なしで地方支社に転勤を命じられたりすることを〝左遷〟といいますが、この語源をご存じでしょうか?

これは昔の中国では、右を尊び左を卑しんだところから生まれた言葉だそうな。

まぁ勤め人にとって、左遷はしないに越したことはないですが・・・皆さんには左遷の経験はおありですか?

正直なところ、私は損保時代に2度左遷(と思われる)人事異動を食らった経験があります。

1度目は若い時でなにくそと思って頑張りましたが、2度目の時は人事異動の発表を見た瞬間にキレてしまいました。

会社を辞めたのは、その数ヶ月後・・・まぁ今となっては、自分にとって独立する良いキッカケになったと思ってます。

それに私を飛ばした(?)上司にとっても同じ事かと。

だって会社辞めてなければ、彼に落とし前つけてたかもしれませんから・・・。うー
オイオイ



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