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AMEX

私のような中高年世代の方なら、こんなテレビCMに見覚えがあると思います。(↓)



ゴルフ界の帝王ジャック・ニクラウスがたどたどしい日本語で喋る

「出か〝く〟る時は、忘れずに!」

のキャッチ・コピーが妙に耳に残ったものですが・・・このクレジット・カード会社として名の知られた


 
アメリカン・エキスプレス

 American Express Company


が創業したのが、今からちょうど170年前の今日・1850年3月18日のことでした。

皆さんの中にも、同社のクレジットカードをお持ちの方がいらっしゃると思いますが・・・ところで、何で社名が〝エクスプレス〟なんだ? って不思議に思ったことはないですか?


実は同社、創業時は運送会社だったんです。


    

金融機関ウェルズ・ファーゴを創業したヘンリー・ウェルズ(下写真・左)とウィリアム・ファーゴ(同・中)、ジョン・バターフィールド(同・右)の3人が、ニューヨーク州バッファローで荷馬車を使った運送業を始めたのがルーツ。

  

幸いにも事業は好調で、輸送網をアメリカ国内に留まらず、カナダやメキシコにも展開。


この販売網を利用すべく、1882年に世界で初めてマネー・オーダー(送金為替)業務を開始・・・これが金融業進出の端緒となりました。

更に1891年にはウィリアム・ファーゴの発案により、トラベラーズ・チェックを発行。


    

これがアメリカのみならず諸外国にも受け入れられ、同社は1895年以降海外にも支店を設立、日本では1917年に横浜で支店を開設しました。


    


そして第一次大戦中もトラベラーズチェックの決済を行い高い評価を受けると、1958年にはアメリカホテル組合が運営していたクレジット会社を買収し、現在の主力であるカード事業に進出。

その翌年には早くも現在一般化している磁気ストライプカードを導入。

1966年にはゴールドカード(日本では1980年)を、そして1984年にはプラチナカード(日本では1993年)に発行。

       


更にはカード会員向けにポイント・プログラムを発行するなど、常にカード業界の先陣を切るサービスを行ってきました。

2000年にはJCBと連携を開始しましたが、その企業風土・歴史から、海外旅行者やホテル利用客に対するサービスが充実していることが他社よりも優れている点でしょうか。

サブプライムローンの焦げ付きにより事業が悪化した時期もありましたが、今でもカードのステータスは落ちていないアメックス・・・貴方も1枚持ってみませんか?

なんて言ってる私は、現金払いが好きなので持つ予定はないですが。

もし持つなら、
センチュリオン・カード(即ちブラック・カード)がいいナ・・・って、35~50万円ともいわれる年会費すら払えませんけど。

       


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軍 靴

今や私たちは毎日当たり前のように靴を履いていますが、そもそもこれは西洋文化。  今日はその

 靴の記念日

なのだそうです。


日本人が靴を履くようになったのは、江戸時代末期・・・開国とほぼ同時に洋服共々諸外国から入ってきたとか。


有名なところでは、あの坂本龍馬が靴を履いて写真に収まっていますネ。


しかし当初、輸入靴は日本人の足型に合わず、人々は 〝窮屈袋〟と呼んで敬遠していたそうな。


明治維新を迎え、富国強兵の政府方針に従い洋式軍隊の整備を目指した兵部大輔・大村益次郎は、かつて獄中(!)で知り合った旧佐倉藩士の実業家・西村勝三に日本人の足に合った軍靴の製造を依頼。


         

日本の靴の歴史は、軍靴から始まったんですネ。    


そして靴の記念日は、彼が今からちょうど150年前の今日・1870(明治3)年3月15日、築地入船町に日本初の靴工場である 『伊勢勝造靴場』 を設立したことに因みます。



この工場が元となり、その後いくつかの会社を合併して1902(明治35)年に創業した日本製靴株式会社こそ、あの有名な 『リーガルコーポレーション』 のルーツなのです。


ところで、私たちが靴を買う時に確認するサイズは〝cm〟ですょネ。


実はこのサイズ表示を使用しているのは、日本だけなんですって。


(韓国もcm表示だそうですが、厳密にいうとサイズそのものが日本と少々違うとか。)


一方アメリカやイギリスではインチ表示・・・足型同様、所変われば品変わるってことのようです。


そしてよく 「靴は夕方に買え」 って言われますが、実際人間の足は起床直後に比べて夕方には最大20%近く体積が増えるそうですから、正解かも。


また相撲取りは強くなって番付が上がる程、足が大きくなって足袋を作り直すそうですから、人間の足って結構変化するようです。


そういえば、こんな諺(?)をお聞きになったことはありますか?


 『馬鹿の大足 間抜けの小足 

      中途半端のろくでなし 丁度いいのは俺の足』


私、中学の時に履いていたバスケットシューズが29cmでしたから、よく 「だからオマエは・・・」 って言われました。


まァ、その通りでしたけど。

大学時代に使っていた野球のスパイクは28.5cmで、サラリーマンになってから履いているビジネスシューズは、28.0cm。

ですから、よく飲み屋で玄関先に靴を並べた時も、一際大きかったですから、他人に間違われることはありませんでした。

ただ下駄箱に入れる店に行った時、私の靴を入れたら扉が閉まらず、仕方なく玄関先に置いたことが・・・。

そして帰ろうとした際、私の前にいたサラリーマンが

「なんだ、このでっけぇ靴! 人間の履くモンじゃねぇナ。

 きっとコレ履いてるヤツ、大バカだぜ~。」

と大笑いしたものですから、すかさず私が

「バカの大足で悪かったナ。」

とスゴんだら、連れと一緒に脱兎のごとく逃げて行ったことも・・・。 

しかしここ数年前から少し足のサイズが小さくなったのか、28cmだと少し緩く感じるように・・・。


もしかして、少しお利口になってきた?・・・いや、単純に歳を取っただけなんでしょうネ、多分。 うー

皆さんの足・・・というか靴のサイズ、昔と変わりありませんか?


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EXPO

“ こんにちは こんにちは 西の国から~ 

     こんにちは こんにちは 握手をし~よ~う~ ”音譜


故・三波春夫さんが歌う 『世界のくにからこんにちは』・・・この歌をご存じなのは、おそらく50歳以上の方が殆どかもしれません。


この歌をテーマ曲にして戦後日本の復興を世界にアピールした一大イベント、


 日本万国博覧会

・・・いわゆる〝大阪万博 (EXPO '70)〟が、今からちょうど50年前の今日・1970(昭和45)年3月14日 (一般公開は15日) に開幕しました。

※EXPOは “exposition =博覧会” の略


       


この一大イベントは、政治家・作家として活躍した故・堺屋太一氏が通産官僚時代に提案・企画。

現在も残されている岡本太郎氏製作の 『太陽の塔』 をシンボルマークとして大阪・千里丘陵の330haという広大な敷地に77ヶ国、その他の地域・公共体・企業が 『人類の進歩と調和』 をテーマとして合計116もの近未来的なパビリオンを建設。

同年9月13日まで183日間開催され、
累計入場者数・約6,421万人を記録しました。


当時、長野市内に住んでいた私は小学校5~6年生でしたが、クラスメートの約半数近くがとっかえひっかえ学校を休んでは家族で万博旅行に出かけていたことを憶えています。


もっとも私自身は、野球に熱中していて万博など眼中になし・・・ってところでしたが。あせあせ


そしてこの万博の最大の目玉は、コレ。(


       


そう、この前年にアポロ12号が持ち帰った〝月の石〟。

エア・ドーム型のアメリカ館に展示されました。


私の同級生たちも100%コレを見たさに学校休んで行ったわけですが、その人気たるや想像を絶するもの・・・上野動物園に初めてパンダが来た時も凄かったですが、それ以上。


確か3時間以上待つのが当たり前、あまりの混雑に見るのを諦めた方が結構いたはずです。 


ガッカリして帰ってきた同級生が少なからずいましたから。ダメだぁ顔


       


石ころひとつに日本中から人が集まる・・・ある意味平和というか、長閑な時代でした。


また博覧会には、最先端の科学技術・・・リニア・モーターや動く歩道、そしてエア・ドーム型のパビリオンなど様々な展示物が注目され、現在では当たり前のように利用しているものが多数ありました。


その中で、私が最も感慨深いのは、『携帯電話』。(


       万博


虎屋の羊羹より大きな受話器ですが、当時黒いダイヤル式の でんわ しか知らなかった子供の私には、プッシュホンであるだけでも珍しく、更に〝コードレス〟なんて信じられませんでした。


全くの夢物語のようだった携帯電話が半世紀経った今、小型化したばかりかテレビが見られたりパソコンと同じ操作ができるようになるなんて・・・。


EXPO'70を知る者にとって、科学の進歩は目を見張るばかりです。

果たして同じ大阪で2025年に開幕が決定している万博には、どんな未来の科学技術が展示されるのか?


また〝月の石〟のような超目玉展示品があるのか?

今から楽しみです。


そういえば、この時に埋めたタイムカプセル・・・5,000年後に掘り返すはずだったと思いますが、ちゃんと場所が分かってるのかナ?あせあせ


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JPY

SPYじゃなくて、JPY・・・何のことかすぐに分かるのは、為替取引関係者だけかもしれませんネ。


これは、各国・各地域の通貨を3文字のコードで記述できるように〝ISO 4217〟で決められた我が国の通貨、


 〝 円 〟


の表記なんですが・・・今日はその 『円の日』 なのだそうです。


今から151年前の今日・1869(明治2)年3月4日に、明治政府が円形の貨幣を鋳造する新円貨制度を定めたことが、その由来。


    

            1870(明治3)年発行の20圓金貨


時代劇で使われている貨幣単位は、〝両〟とか〝銭〟。

これがいつから現在のような〝円〟になったのか?


そのルーツは、1871(明治4)年5月に制定された新貨条例で、通貨単位に〝円(※当初は圓)〟を使用するよう定めたこと。

では、なぜ新単位が〝円〟になったのか?

これは支那において18世紀頃からスペインやその植民地だったメキシコから銀の鋳造貨幣が流入し、それが円形だったことから〝銀円〟と呼ばれていたのを真似たのだとか。

ちなみに現在の支那の貨幣単位は〝元〟ですが、英語表記は “yuan ”。


日本の円と似ていますが、そもそも〝元〟も正式表記は〝圓〟。


更には、韓国のウォンも円の朝鮮語読みだとか。


ルーツは同じ、というわけです。


(※ただし他に 「貨幣の形状を全て円形に統一したから」 とか 「既に江戸末期には知識層の間で〝両〟を〝円〟と呼んでいたから」 ・・・などの説もあります。)


それから、皆さんは不思議に思ったことがありませんか?

なぜ円のローマ字(英語)表記が、“en ” ではなく “yen ” なのか。


     


これは明治維新前後に欧米人が円を〝yen〟と綴ったから。

初めて出された本格的な英和・和英辞典であるヘボンの 『和英語林集成』 では、エ〟で始まる単語表記は全て “ye ” と綴られていたそうな。


後の辞書では “en ” に修正されましたが既に “yen ” が定着しており、また欧米人が “en ” を発音すると 「エン」 ではなく 「イン」 になることから、現在に至るまで “yen ” 表記が続けられているとのこと。


また円の記号として〝 ¥ 〟が使用されていますが、これは見てのとおり “yen ” の頭文字〝 Y 〟に、ドル同様2本線を入れたもの。

もしこれが当初から “en ” だったら、〝 e 〟か〝 E 〟に縦線が2本になったかも。

でもそれでは電子マネーと紛らわしくなったかもしれませんネ。

『円』 と “yen ”と〝
¥ 〟、これは今後まず変わることはないでしょう


隣国に侵略・占領される、なんて事態にさえならなければ。うー


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クリッピング

皆さんも子供の頃、新聞記事を切り抜いてスクラッププックに貼ったことがあると思いますが・・・3月1日は、その

 切抜の日

なのだそうな。

これは今からちょうど130年前の今日・1890(明治23)年3月1日に日本初の切抜会社・日本諸新聞切抜通信が設立されたことに因むとか。


いくつもある新聞をすべて読むことはなかなか出来ませんが、その中から良いとこ取りというかダイジェストで主要記事を読み比べられれば・・・というニーズは昔からあったはず。

世界で最初に切抜(クリッピング)会社が登場したのはフランスで、1879年。

1888年にはアメリカにも設立されました。


前述の日本諸新聞切抜通信は、当時の内務大臣・山縣有朋が欧州を視察した際に現地の切抜会社を利用したことから、その利便性に目をつけて設立を促したとか。

       

                  山縣有朋


その後、愛国切抜・時事通信切抜通信部・帝国切抜通信社(大阪)など同業者が次々設立され、競争が激化。

記念日を制定したのは、1939年に創業した後発の(株)内外切抜通信社。


同社は多くの切抜会社が競争に敗れ消滅する中、現在でも業務を継続中。

というより、単に新聞の切抜だけでなく、1994年からは広告換算サービス、2009年からはウェブニュースの、更に2012年からはTwitterのクリッピングサービスを開始するなど、的確に時代の波に乗ってサービス内容の拡充を図っているようです。


現代は新聞だけでなく、ネットやSNS上に膨大な量の情報が乱れ飛んでいますから、一個人がそれを全て把握することは到底不可能。

今後ますますクリッピング会社のサービスは重宝がられることでしょう。

ただ問題は、その元となる情報の正確さ。

新聞社・通信社が垂れ流す情報には、多くの偏向・捏造記事が含まれています。

    


クリッピングサービスでは、同じ出来事や事件について各メディアがどう伝えているのか、その比較をどんどん発信してほしいもの。

それによって、メディアが目論む国民の洗脳・扇動を防ぐことにもなりますから。

というか、ロクな記事がなく報道しない自由を行使する新聞のクリッピングサービスなんて、もう止めた方がいいかも。


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恵比寿

我が国で、ビールの醸造が始まったのは、いつ頃だと思いますか?

大正時代? いやいやもっと古くて明治時代?


正解は、何と江戸時代の1853年なんだそうです。驚き顔 ヘェ~


その後1886年には船来ビールの輸入量を国産ビールの製造量が上回り、麒麟ビールの販売も始まるなど国産ビールの興隆期を迎えました。

 ※キリンビールに関する過去記事は、こちら。(↓)


そんな中、今からちょうど130年前の今日・1890(明治23)年2月25日に日本麦酒醸造会社から発売されたのが、


 惠比壽麦酒


そう、現在の 『ヱビスビール』 です。


       ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-ヱビスビール


サッポロビールの前身である同社が、ドイツ人技師カール・カイザー氏を招聘して醸造されたこのビールは、当初〝大黒天〟 と命名されるはずでしたが、既に横浜で〝大黒ビール〟 が販売されていたことから 〝恵比寿〟 に。


しかしその味は人々の支持を集めたようで、早くも4年後の1894年には黒ビールも発売開始。

   

  1890年発売当時のラベル(左)と1894年発売当時の黒ビールラベル

1900年に開催されたパリ万博では金賞を獲得するなど、一流ブランドとしての地位を確立します。


当初現在の目黒区三田にあった醸造工場から馬車で出荷していましたが、この受賞をきっかけに販売量が増えたため、1901年に貨物積卸専用駅の恵比寿停車場を開設。

    

              三田に竣工したビール工場


1906年に旅客の取り扱いを開始したのが、現在のJR恵比寿駅なのです。 (当然のことながら、地名の恵比寿もこのビールが由来。)


太平洋戦争時の1943年にビールが配給制になった時点で一旦ブランドは消滅しますが、1971(昭和46)年に復活。


当初は販売が低迷したものの、グルメ漫画 『美味しんぼ』 で取り上げられたことなどから販売量が伸び始め、いわゆるプレミアムビールのトップブランドに。


現在はプレミアムモルツと鎬を削っており、ヱビスブランドで多品種のビールが販売されていることは、皆さんご承知の通り。


さて、そのエビスビールの中に、〝ラッキーヱビス〟なるものが存在することをご存じでしょうか?


ラベルに印刷されているえびす様は、向かって左側後ろにビク(魚篭)を置いていて通常はカラなのですが、稀に鯛が入っているのだそうな。


       ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-ヱビスビール


その確率は、数百本に1本とのことですが・・・残念ながら私は今まで現物に出会ったことはありません。ダメだぁ顔


皆さんは、如何でしょうか?


これからはラベルをじっくりチェックしてみてください。


あっ、くれぐれも量販店やスーパーで探しまくるのだけは、みっともないから止めましょうネ。うー



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紀 元

今日・2月11日は、


  建国記念の日


国旗を掲揚しましょう!


    


さて、これが〝国民の祝日〟として制定されたのは、今から54年前の1966(昭和41)年のこと。

でもこの祝日が、他の祝日とは設立経緯も性格も少々異なることをご存知でしょうか?

ニュース等でアナウンサーが 「今日は建国記念日です」 と事もなげに言うのを過去に何度か耳にしましたが、それは不正確。

とかく世間でも 『建国記念日』 と言われがちですが、正しくは 『建国記念〝の〟日』 であることに、その意味が隠されているのです。


「建国をしのび、国を愛する心を養う」 という趣旨により1967年から適用されたこの祝日は、他の祝日が 『祝日法』 において日付を定められているのに対し、この日だけは 〝政令で定める日〟 と規定されているのです。


元々2月11日は、嘗ての祝祭日である 『紀元節』 でした。


これは日本書紀に記された初代・神武天皇の即位が旧暦の紀元前660年1月1日であり、それを新暦に直すと2月11日になることから制定されたもの。


       


しかしこれがGHQの指導により、1948年から廃止。


その後与党・自民党から 『建国記念日』 として復活させる法案が提出されますが、社会党ら野党は「神武天皇即位日は、科学的根拠が薄い」 等々の理由で反対。


その後法案の提出・廃案を9回も繰り返した末、間に〝の〟を入れ 「建国されたという事象そのものを記念する日」 として妥協が成立。


祝日が、『紀元節』 から 『建国記念の日』 と名称を変えて復活した・・・というわけです。


この祝日の制定については現在においても賛否両論がありますが、私はその日付の選択基準はともかくとして、国家には建国記念日が不可欠であると考えます。


現に他国の殆どは建国記念日を制定していますし。


(名称は独立記念日・解放記念日等、様々ですが・・・。)


その記念日を制定し国民全員で祝うことが、国家・民族に対する誇りを持つ第一歩であり歴史を振り返る契機なのですから、当然だと思うのです。


ただ我が国の場合、他国のように独立宣言をした日などと明確なものでなく、神話に基づくところが独特。


(※神話に基づく記念日を制定しているのは、他に韓国のみ。)


でも私は、それで一向に構わないと思います。


何故なら、それは見方を変えれば我が国が他に類を見ない長い歴史を持つ独立国であるというひとつの証しになるから。


神武天皇即位の年を元年として換算すれば、今年・2020年は 『皇紀2680年』。


ひとつの皇室がこれだけ長期にわたって存続してきた国家は、日本をおいて他になし。


(※よく〝中国四千年の歴史〟といいますが、その間何度も支配する皇帝や民族が変わっていますから、日本とは比較になりません。)


おそらく(日教組に属する)教師は学校でこの歴史や経緯を教えていないでしょう。

単に 「祝日でラッキー」 と思うだけではなく、親御さんはお子さんたちに祝日の制定経緯と同時に我が国が稀に見る長期的安定国家・民族であることを教えてください。


「この国に生まれて、そして日本人で良かった!」


そう子供に思わせることは、躾のひとつであり親の義務ですから。扇子


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ふわふわ

子供の頃、オフクロが作る味噌汁には毎日のように入っていましたが、最近はめっきり目にしなくなりました。

今は自分で毎朝味噌汁を作ってますが、使ったことがありません。

今日は、その

 お麩の日

なのだそうです。 まぁ、2月2日ですからねェ。あせあせ

今日だけでなく毎月2日を記念日にしている製造業者もあるそうですが・・・それだけ普及に苦戦しているといえる言えるのかも。

で、そもそもお麩って、何から出来ているのか?

調べてみたら意外とシンプル・・・小麦粉に食塩水を加え良く練り、それを布製の袋に入れて更に水中で揉み、でんぷんが流出して残ったグルテンを蒸すと、生麩の出来上がり。

(※おでん種の竹輪麩は、この生麩の一種。)

私が味噌汁のお椀の中で見慣れたお麩は、棒状のものを輪切りにした、こんな感じのもの。

        


これは生麩を乾燥させた乾燥麩だそうですが、生麩を油で揚げると揚げ麩に、更に焙り焼した焼き麩もあるとのこと。

そもそもこの麩は、室町時代に明から伝来したといわれています。
現地に修業に行った僧侶が持ち帰ったと考えられているそうな。


その肉に代わる栄養素であるタンパク質を大豆や小麦に求め、大豆は豆腐や湯葉に、そして小麦から麩を作って珍重されていたとか。

ただ江戸時代までは小麦は高価であり、庶民の口には中々入らない貴重品でした。


明治維新直前に海外から〝精白小麦粉〟が入るようになり、更に鉄板の上で作る〝やき麩〟が開発されたことで広まったようです。

このお麩は、ふわふわした頼りない感じのする食品ですが、栄養価は非常に高いそうで、たんぱく質の他ナトリウム・カリウム・カルシウム・マグネシウム等々のミネラルを多く含み、しかも低カロリーという健康食品。

私も今まで軽く(?)見ていた麩を、料理に利用したいと考え直しました。


調べてみると、全国には約100種類もの麩があるのだそうな。

中にはドーナツのように真ん中に穴が開いた形のものも。

・・・ということは、当然地域ごとに様々な調理法があるのでしょう。

皆様の中に、簡単で美味しい
お麩のレシピをご存知の方がいらっしゃしましたら、是非教えていただきたく。

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3 分

「〝3分〟から、何をイメージしますか?」

そう聞かれたら、皆さんはどう答えるでしょうか?

レトルト・カレーやカップ麺、中にはウルトラマンと答える方がいらっしゃるでしょうが、〝3分・10円〟と言われたら、(特に昭和世代の方なら)


 公衆電話

を思い出す方が殆どでしょうネ。

この公衆電話を使った市内通話が3分・10円になったのが、今からちょうど50年前の今日・1970(昭和45)年1月30日のことでした。


東京と横浜に電話局が開設されたのは今からちょうど130年前の1890(明治23)年であり、公衆電話が新橋駅の中等待合室前と上野駅の駅長室前の通路に1台ずつ、計2台が日本で初めて設置されたのが、その10年後の1900年9月のこと。


当時は〝自動電話〟と呼ばれ、利用者は交換手を呼び出してから必要に応じて10銭もしくは5銭硬貨を投入し、鐘やゴングを鳴らして交換手にお金を入れたことを知らせて相手に繋いでもらうという、どこぞの国では絶対通用しない性善説方式(?)だったとか。


公衆電話と呼ばれるようになったのは、1925(大正14)年に交換手が不要となったダイヤル式電話機が導入されてから。

そして1952年から戦災による公衆電話不足を解消すべく整備を開始。

昭和世代にとっては懐かしい、公衆電話の代名詞ともいえる
赤電話が登場したのは1953(昭和28)年。 


       


黒電話との差別化でこの色が選ばれ、商店などへの委託公衆電話として順次入れ替えられました。


1968(昭和43)年にはダイヤル市外通話可能で10円硬貨前納式の大型青電話の設置が開始されると共に、前述の〝3分・10円〟の料金設定に。

それまでは10円で市内通話かけ放題だったんですって。


そして1973(昭和48)年には、100円玉が使える黄電話が登場。


     




私が学生時代、実家に電話をかける時は100円玉を握りしめてこの公衆電話に走ったものですが・・・100円入れるとおつりが出ないため、10円玉とのサジ加減に神経を使ったものです。あせあせ


1975(昭和50)年にプッシュボタン式電話がお目見えし、テレホンカードが使える緑電話が登場したのは1982(昭和57)年。

       


私が社会人になった翌年でしたが、この頃から小銭をジャラジャラ持たなくて済むようになりましたネ。


一方料金としては、3分・10円だったのが1993年には90秒・10円に、そして翌年には更に値上がりして1分・10円。

では現在は?・・・というと、下記のように、かなり細かい設定になっています。(※国内・県内通話)

 

まぁ現在は殆どの方が携帯・スマホを利用されているでしょうから公衆電話の料金は気にならないかもしれません。

でも災害時にはその携帯・スマホよりも公衆電話の方が繋がりやすいですから、テレホンカードを常時携行することと、現在では殆ど街中で見かけなくなった公衆電話の設置場所の確認はしておきましょう。


 ※テレホンカードに関する過去記事は、こちら。(↓)



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ブルンプルン

おそらく女性の皆さんなら、この科学物質には敏感に反応するはず。


今日は、その


 コラーゲンの日

  Collagen


 なのだそうです。


この物質名は21世紀に入ってから急にメディア等で取り上げられるようになった気がしますが、歴史は意外に古いんです。


(財)日本皮革研究所の研究員だった西原富雄博士が、それまで水に溶けないとされていたコラーゲンをトリプシンとペプシンという酵素を用いることで完全に溶かせることを発見。


その特許を出願したのが、今からちょうど60年前の今日・1960(昭和35)年1月26日だったのが、この記念日の由来。   


       ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-西原富雄博士


当時は科学者以外殆ど知らなかったであろうコラーゲン、現在では誰もが知っている単語ですが・・・でも、あらためて


「コラーゲンって、何?」


と聞かれたら、意外と答えられない方が多いのではないでょうか。


コラーゲンとは人間の体内に存在する繊維状のタンパク質で、身体を構成する全タンパク質の約30%を占めています。


コラーゲンを多く含む食品は、鶏の手羽・牛すじ・フカヒレ・豚足など。

ゼラチンは、このコラーゲンの変性物質なのだそうな。


これらの食品は見た目にもプルンッとしていて、いかにもお肌に良さそうなイメージがありますょネ。

テレビCMでも、そう思わせる映像を多用していますし。


が、しかし・・・なのです。


コラーゲンを含む食品・化粧品を美容のために普段からご利用になっている女性の皆様には、ここからはちょっとショッキングなお話になりますので、心してお読みください。

       


実はこのコラーゲン、お肌をツルツルにするなどの有効性については、現在のところ化学的に実証されていないのです。


水に入れて加熱したコラーゲンはトロッとお湯に溶け込みますが、これを食べると胃・小腸で分解されアミノ酸やペプチドになり、血管を通って全身に送られます。


が、これは必ずしもお肌のためだけに使われるのではなく、身体の足りない部分に振り分けられるのだそうで・・・。


つまり食べた肉がそのまま身体の筋肉にならないのと同じく、必ずしも口にしたコラーゲンがそのまま体内のコラーゲンになるわけではない、ということ。


ですから、コラーゲン鍋を食べた翌日 「お肌がツルツルになったワ!」 とおっしゃる女性がいらっしゃいますが、化学的には?な話。


またコラーゲン入りのクリームをお肌につけて潤う感触が得られたとしても、それが皮下に吸収されることはないのだそうです。

※但し2016年からは、機能性表示食品として、「膝関節が気になる方に」といった表示は認可されてはいます。


何だか〝コラーゲン信奉者〟の方には怒られてしまいそうですネ。


でも、よく言うじゃないですか、「信じる者は救われる」 って。


本人が良いと思えば、それでいいんです・・・ょネ。あせあせ


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