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90歳

この有名なネズミを知らない日本人は、まずいないでしょうネ。 


 ディズニーランドのシンボルと言っていい、その


  ミッキーマウス   

   Mickey Mouse


が初登場したのが、今からちょうど90年前の今日でした。


       


1901年に鉄道員の息子として生まれたミッキーの生みの親ウォルト・ディズニーは、新聞配達などをしながら昼は高校に通いながら美術学校の夜間部で学ぶ苦学生でした。


第一次世界大戦時には志願して衛生兵としてヨーロッパ戦線に従軍した彼は、除隊後に漫画家を目指したものの上手くいかず、職場で知り合った友人と共に会社を設立するも長続きせず。


しかし彼はこの時、〝アニメーション〟の大きな可能性に気づきます。


再起を賭けて映画の街・ハリウッドに移住し、兄のロイと 『ディズニー・ブラザース・カートゥーン・スタジオ』 を設立。


多くのアニメーター仲間を集めて作品を制作し、1925年にはリリアンとめでたく社内結婚すると会社も軌道に乗り始めます。


ところが1928年に契約問題でトラブルに見舞われて多くの社員の引き抜き工作に遭い、会社は倒産の危機に。


そこで窮余の一策として、以前のアニメ作品で脇役として使っていたネズミのキャラクターを主役にすることを決意・・・それが〝ミッキー・マウス〟の誕生のキッカケに。


                                                      

                      Walt Disney


ただ、一般的にディズニーが飼い慣らしたネズミを研究し、耳・口・足などを大きくしポイントを付けてミッキーマウスを考案したという逸話が知られていますが、これはウソ。


ミッキーの〝生みの親〟は、ディズニーの親友として彼と共に会社を支えたアニメーター、  


 アブ・アイワークス(1901-1971)

 Ub lwerks


       


彼が円定規と楕円定規で簡単に描けるように考案したキャラクターだったのですが、当初ディズニーは〝モーティマー〟と命名。


しかし、妻・リリアンが反対・・・逆に彼女が提案した〝ミッキーマウス〟に変更したエピソードは有名ですネ。


ただしモーティマー・マウスは、ミッキーの恋人(ネズミ?)ミニー・マウスの幼馴染み(ミッキーの恋敵)としてしっかり登場しています。


そのミッキーとミニーが登場するディズニー社制作の短編映画 『蒸気船ウィリー(Steamboat Willie )』 が初公開されたのが、1928年11月18日だったのです。


※厳密には本作の前に作られた 『プレーン・クレイジー』 と 『ギャロッピン・ガウチョ』 に起用されていたのですが、公開は 『蒸気船ウィリー』 の方が先となりました。


       


スクリーンに初登場するや、ミッキーマウスは爆発的人気を博し、これによって瀕死のディズニー社は劇的な復活を遂げました。


1955年にディズニーランドを開設、さらにその10年後にはホテルをも含めたウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートの建設に着手。


その後の隆盛は、もう説明の必要はないでしょう。 身長3フィート2インチ(約96.5cm) 体重23ポンド(約10.4kg)のミッキーは、ディズニー社の救世主だったわけです。


しかし残念ながら、彼をデザインしたアイワークスはその後 「ミッキーを奪われた」 と次第にディズニーを憎むようになり、彼と決別して自らスタジオを持つに至るのですが・・・。


それではミッキー90歳の誕生日を祝いつつ、彼の初登場アニメをご覧ください。



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熱 血

子供の頃からお世話になったアニメ番組は多々ありますが、中でも『あしたのジョー』 や 『宇宙戦艦ヤマト』 と並んで最も私の人生に影響を与えたのが、

 巨人の星

この熱血スポ根漫画がテレビアニメとしてスタートしたのが、今からちょうど50年前の今日・1968(昭和43)年3月31日のことでした。

※少年マガジン誌上で連載が始まったのはそれより約2年前の1966年5月30日から。


       


以来1971年まで約3年半にわたり全182話が放映されましたが、その時期の私はちょうど小学校高学年。

野球少年だった私にとって、このアニメは教科書以上の存在でした。笑2


当時流行った〝ヒューマニズム〟という言葉をもじった名前の主人公・星飛雄馬が、長嶋茂雄の巨人軍入団会見場に潜り込み、魔球(?)を投げつけるところから物語はスタート。

スパルタ教育の父・一徹の指導のもと、二人三脚で巨人入団を目指す物語を毎週欠かさず
観たものです。


“チャ~チャラララッチャチャ~、ドドドドン!・・・” 

“おっもっい~いこんだぁら、試練のみ~ち~ぃを~、

行くがぁ~おとっこのぉ~、どこん~じょ~お~・・・。” 音譜


今でもしっかり歌えるあの主題歌・・・一話30分間で、たった1、2球しか投げないような超スローテンポの展開も、苦になりませんでした。

今でもよく憶えているのは、〝大リーグ養成ギプス〟。

       

これを真似して、家にあったエキスパンダーを分解して紐で
つなぎ、身体に巻き付けたりしたものです。

もちろん、何の効果もありませんでしたが・・・。あせあせ

それから、ピッチャーだった私が真似をしようとしたのが、大リーグボール2号を投げる時の、足の上げ方。

         


このつま先を真上に跳ね上げるフォームに憧れて真似しようとしたんですが・・・一度無理して後ろにひっくり返り、後頭部をしたたかに打ってからは諦めました。

今から考えれば、消える魔球なんて物理的に有り得ないんですが、当時は真剣に投げようとしてましたから、カワイイもの。


 


そんなこんなで、私の野球人生はこの漫画と共にあった・・・といって、過言ではないでしょう。


 しかしこの番組、今放映できるのでしょうか?

子供に火をつけたボールでノックするなどの猛特訓を課したり、室内でちゃぶ台をひっくり返す父・一徹は、虐待及び家庭内暴力で即逮捕されるでしょう。

       

多くの方も、この〝ちゃぶ台返し〟をご存じだと思いますし、ある意味このアニメを象徴するシーンですが・・・実は、物語の中でこのシーンが出てくるのはたった1回だったんですって。

なのになぜこのシーンが目に焼き付いているかというと、エンディングで毎週上の画像が使われていたから。

ですから、一徹オヤジはやたらに家庭内暴力をふるっていたわけではない・・・と、彼の名誉のために申し添えておきます。

というより、個人的には彼のような厳しい父親の存在が現代日本に必要な気がしますが、皆さんはどう思いますか?

それでは最後に、懐かしいアニメのオープニングと問題(?)のエンディングを、こちらでお楽しみください。


ところで今時の子供たちがこのアニメ観たら、どんな感想を持つんでしょうネ?野球ボール


 


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