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今 昔

今日・3月30日が『マフィの日』であることは、過去記事でご紹介しました。


マフィアと言えば、(↑)にも書いた映画 『ゴッドファーザー』 シリーズを思い出す方が多いはず。


    

今日は、たまたまYouTubeサーフィンしていて見つけた、同作に出演した俳優さんの当時と現在を比較(?)した動画をご紹介したいと思います。(↓)


 

半世紀近く前の映画ですので、既に鬼籍に入られた俳優さんもいらっしゃるのは仕方のない事ですが、アル・パチーノのように今でも現役で活躍している俳優さんもいるのが、さすがというか驚きというか・・・。

ついでに、わが青春時代で最も思い出に残るアクション映画 『トップ・ガン』 に関しても、同様の動画を見つけました。(↓)


 

驚くべきは、トム・クルーズ。

30年以上前と殆ど変わらぬ肉体を維持しているんですから・・・相当な節制と努力を重ねているんでしょうネ。

お相手役だったケニー・マクギリスは・・・ノー・コメント。😅

そして作品ではないですが、かつて活躍したアクション・スターの今昔を集めた動画もありました。(↓)


50 Action Stars then and now ★ 2021Thank For Watching. Please Like, Comment and Subscribe For Get New Videos Update Everydayリンクyoutu.be

如何でしょうか?

人によって歳の重ね方はそれぞれですょネ。

肉体の衰えは誰にでもやってきます。

でも、トム・クルーズとまでは行かずとも、少しでも努力してそのスピードを鈍られたい・・・そして何よりも心の若さは失いたくない!

そう思わせる動画だと私は感じましたが、皆さんは如何でしたか?

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納 棺

あれからもう干支が一回りしたとは・・・時の流れは早いものです。

今から12年前の今日・2009年2月22日(現地時間)、第81回アカデミー賞に於いて日本映画


 『おくりびと』

が外国語映画賞受賞という快挙を達成しました。

    


滝田洋二郎監督の同作は2008年に公開され、この3日前(日本時間20日)に第32回日本アカデミー賞・最優秀作品賞も受賞しましたから、まさにダブル・アカデミー賞に輝いたわけです。


制作のキッカケは、本作で主演を務めた本木雅弘さんが、この13年前に 『納棺夫日記』(青木新門・著) を読んだこと。


       

内容に感銘を受けた本木さんが著者宅を訪れて映画化の許可を得ました・・・が、脚本を読んだ著者がロケ地が原作の富山県ではなく山形県になっていたことや、エンディングが違うことなどから映画化を拒否。

その後何度も足を運んだものの翻意できず、結局全く別の作品として制作することとなり、タイトルも 『おくりびと』 に。

オーケストラのチェロ奏者だった主人公が、楽団が解散したことにより妻共々郷里・山形県に帰郷。

職探しをしている内に、「旅のお手伝い」という求人広告を見つけ、てっきり旅行代理店だと思って応募し即採用となったものの、そこは「旅立ちのお手伝い」をする納棺師の会社。

様々な体験を通して徐々に納棺師の仕事に充実感を持ち始めますが、周囲の偏見に遭い妻も実家に帰ってしまいます。

しかし或る日、納棺師の仕事をくさした幼馴染みから亡くなった母親の納棺依頼を受け、その幼馴染みや妻の目の前で納棺を行うことに。

私自身、約20年葬儀業界に身を置き、17年余り葬儀社を経営しましたが、その間複数の友人や知り合いから、

「なんでまた損保を辞めて葬儀屋なんか・・・」

と言われました。

でも私は自らの葬儀体験を通じてこの業界に飛び込み仕事に誇りを持っていましたし、実際にそれを口にした友人から葬儀の依頼を受け、滞りなく施行した後に

「自分が喪主になって、初めてオマエの仕事の尊さや大変さが分かったョ。」

と言われたことがありましたから、この映画には深く共感しました。

同作が話題になった直後、大手葬儀社や湯灌の専門業者には就職の応募が急増したそうですから、多くの方が感動したのでしょう。

しかし数ヶ月後、取引先の湯灌業者にその後の動静を聞いたら、殆どが続かなかったとか。

やはりご遺体の状況によっては綺麗事だけで済まない仕事ですから、相当な覚悟がないと続かないでしょう。

ところでこの映画によって、嬉しい復活を遂げた場所があります。

それは山形・酒田にあり、ロケで使われた『酒田港座』。


       


ここはロケ前の2002年に閉鎖されていた映画館だったのですが、公開後一気に脚光を浴びたことからアカデミー賞受賞4ヶ月後の2009年6月より営業を再開。

今では映画上映だけでなくリサイタルなど様々なイベントを開催しているとか。

一方で原作の舞台でありながらも映画版のロケ地とならなかった富山県ではアカデミー賞受賞後、県議会の委員会で映画ロケ誘致について富山県庁の消極的な姿勢が問い質され、担当課長が謝罪答弁をする羽目に・・・。

まさに泣き笑い、悲喜こもごもですネ。

地方自治体のお役人さん、今後映画のロケ話が舞い込んだら積極的に協力した方がいいかも。


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代表作

サイレント・コメディー映画の巨匠といえば、言うまでもなくチャールズ・チャップリン。

 ※チャプリンに関する過去記事は、こちら。(↓)



そのチャップリンの数多ある作品の中でも代表作の呼び声が高く、過去に様々な映画ベストテンや百選の中に選ばれてきた


街の灯

がアメリカで封切られたのが、今からちょうど90年前の今日・1931年2月6日のことでした。


※日本での公開は1934年1月。

    


同作の冒頭には、〝コメディ・ロマンス・イン・パントマイム〟と銘打たれており、チャップリンもトーキー映画反対論者でしたが、サイレントながら初めてBGMを挿入した作品としても有名。

1928年から制作が開始されたものの、主演俳優が水に飛び込むのを躊躇したことで解雇したり、美容院に行くからと撮影現場を早退したことに怒ったチャップリンが女優を解雇・復帰させたりとドタバタ続き。

更に
完璧主義者のチャップリンが、僅か3分の花売り娘との出会い(上の写真)のシーンに何と342回もNGを出して1年以上かけて撮り直ししたこともあり、1930年10月に完成するまで約2年半もかけたという採算を度外視した凝りよう。

公開に先立ち行われたプレミア試写会では、チャップリンの隣にあのアインシュタインが座ったとか・・・。

       


同作でチャップリンが演じる主人公は、浮浪者。
彼はある日、街で盲目の花売り娘と出会い、一目惚れ。

その彼が彼女の落とした花を拾ってあげるのですが、彼女はそれが金持ちの紳士だと勘違い。

仕方なく紳士を振る舞う浮浪者の存在は、彼女の中で徐々に大きくなっていきます。

その後紆余曲折というか不運に見舞われ続け監獄に入れられた浮浪者は、目が見えるようになった花売り娘と再会するのですが・・・。

これ以上はネタバレになりますのでご容赦を。

それでは約1時間30分の秀作を、こちらで是非ご覧ください。

あっ、ハンカチかティッシュのご用意を、お忘れなく!



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決め台詞

今日・12月1日は

 映画の日

なのだそうです。 


今から124年前の1896(明治29)年11月25~29日にかけて、日本初の映画公開が神戸の神戸倶楽部で行われたことを記念し、1956(昭和31)年に日本映画連合会がキリの良い12月1日に制定したとのこと。


60年以上も歴史のある記念日なんですネ。

ただ初公開された映画は現在のようなスクリーンに投影するものではなく、1人ずつ覗き込むキネトスコープでしたが・・・。

 
※キネトスコープに関する過去記事は、こちら。(↓)



・・・ということで、本日のブログは私の印象に残る20世紀の映画に登場した決め台詞ベスト3を発表したいと思います。

まず第3位は、C・イーストウッドの大ヒット・シリーズ『ダーティ・ハリー』で何度も登場する、このセリフ。 ( ↓3分20秒過ぎ)



Go ahead, make my day.


Make my day”は、通常“You made my day” 等と使われ、「あなたのおかげで素敵な一日になった。」という意味合いになるそうですが、ハリー・キャラハン刑事の決め台詞は

「やれるもんなら、やってみな。」

という意味の、脅し文句。

カッコイイ言い回しですが、日本人が使ってもサマにならないかも。

そして第2位は、『ダイ・ハード』 シリーズでブルース・ウィルス演ずる主役のマクレーン刑事が発する、このセリフ。(↓)



yippee-ki-yay(以下略)


この「イピカイェー」は、主としてカウボーイがロデオの際に発する言葉というか奇声。

意味はあまりないそうで、強いて和訳するなら、「ヒーハー」?

そして栄えある(?)第1位は、ご存知『ターミネーター』シリーズでシュワちゃんが発する、この決め台詞。(↓ 50秒過ぎ)



Hasta la vista, baby.”

Hasta la vista ” は元々スペイン語で「また逢う日まで」「また会いましょう」という意味なのだそうですが、映画の中ではそんな上品な意味では使われていません。


和訳するなら、「地獄でまた会おうぜ!」って感じでしょうか?

以上私のベスト3ですが・・・やはり別格というか最も世間に認知されているのは、コレでしょう。(↓ 30秒過ぎ)



もう、説明の必要はないですょネ。

さて、今日はこの記念日に合わせて、各映画館では入場料を割引にするそうな。

たまには自宅のTVやPCではなく、フカフカした椅子に座って大スクリーンで映画を楽しみましょう!

    

って、武漢肺炎が収束しない今は、ちょっと行けないか?

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生きる

最近の映画界の技術革新は凄まじく、CGは実写と区別ができないくらいに進化していますょネ。


それはそれで楽しめるのですが、かえって昔のアナログ(?)系の映画が新鮮に見えたりする・・・そんなことはありませんか?

その中から、今から68年前の今日・1952(昭和27)年10月9日に公開された、


『生きる』


をご紹介します。

半世紀以上前の日本映画界は、〝黒澤明監督&三船敏郎〟という黄金コンビが全盛を誇っていました。


これは、その黒澤映画の中で、『七人の侍』 と並び、私にとっては最も印象に残る作品・・・我が家にも、VHSビデオがあります。(


          


そして同作は、当時の黒澤作品としては唯一三船敏郎さんが出演していないことでも知られています。


主人公は、主演・志村喬さん演ずるうだつの上がらない役人・市民課長の渡辺勘治。

ナレーションで
「彼は時間をつぶしているだけだ。彼には生きた時間がない。つまり、彼は生きているとはいえないからである」と紹介される、真面目だけが取り柄の人物。

       

そんな彼は、ある日胃がんにより余命少ないことを知ってしまいます。 


絶望感に打ちひしがれる中、彼は小田切という若い部下との交流を通し、自らの人生の最後に何かを残すべく、まるで憑かれたように行動を起こしていく・・・。


何気ない生活の中で、人間が〝生きる〟という意味は何なのかを、深く考えさせられる作品だと思います。


主演の志村さんを始め出演者の殆どは既に鬼籍に入り、あの菅井きんさんが “若手女優” として出演しているモノクロの古典ですが、中身は全く色褪せてなどいない・・・いや、むしろ現代人こそ観るべき名作だと言えましょう。


物語の後半から、亡くなった主人公の葬儀の席で、同僚たちが主人公の最後の働きぶりを回想する・・・という斬新な手法を取っていますが、それにより周囲の役人たちの事なかれ主義を強烈に皮肉っているように見えるのは、私だけではないはず。


    


主人公自らが手がけた公園のブランコで、


「命短し、恋せよ乙女・・・」


一人口ずさんだ時の心中は、いかばかりであったのか?


既に主人公の年齢・53歳を通り越し60代に入っている私。 


(自分はこれから何ができるのか? 

 この世に何を残すことができるのか?)


そんなことを、今宵この映画を再鑑賞しながら考えてみるつもりです。

これから無限の可能性がある中・高・大学生や仕事に不満や行き詰まり感のある方、そして第2の人生を模索するシルバー世代の方は、是非ご覧ください。


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出世作

日本映画界の巨匠といえば、黒澤明監督。(↓)



その彼が〝世界のKUROSAWA〟と国際的に評価されるキッカケとなった

 『羅生門』

が日本国内で封切りされたのが、今からちょうど70年前の今日・1950(昭和25)年8月26日のことでした。


 


同作は、芥川龍之介の小説 『羅生門』 と 『藪の中』 をベースとして橋本忍と黒澤監督が脚色し、主演・三船敏郎に京マチ子・志村喬らが脇を固めた88分のモノクロ作品です。

       

乱世の平安時代に起きた変死事件を巡り、目撃者らが食い違う証言をする姿を通して人間のエゴイズムを鋭く追及しています。

この作品が公開翌年の1951年に邦画として初めてヴェネチア国際映画祭の金獅子賞を、また同年のアカデミー賞で名誉賞を受賞したことで、黒澤監督の名が広く世界に知れわたったのです。

がしかし、そこに至るまでには紆余曲折がありました。


まず封切前日の8月25日に大映本社で試写会が行われたのですが、観ていた永田雅一社長が

「こんな映画、訳分からん!」


と怒って途中で席を立ち、それどころか総務部長を左遷し、企画担当者をクビにしてしまいます。

そして封切後の作品の評価も難解だと不評で、興行収入もイマイチ。

ところが、同年末にヴェネチア国際映画祭とカンヌ国際映画祭から日本に出品招待状が届いたところから、風向きが変わります。

各映画会社から推薦作品が出される中、大映は 『偽れる盛装』 と 『羅生門』 を選出。

関係者の投票により 『羅生門』 が候補作となったものの、なぜか大映が辞退。

しかし捨てる神あれは、拾う神あり。


日本の大学でイタリア語の教鞭を取った経験があり、日本国内にイタリア映画を輸入するイタリフィルム社のジュリアーナ・ストラミジョーリ社長が、ヴェネチア国際映画祭のオファーを受けて日本の出品作を探す中、『羅生門』 を観て感激。

       
            
Giuliana Stramigioli (1914-1988)


大映が反対する中、ストラミジョーリ社長が自腹を切って英語字幕を付け、映画祭に出品したのです。

すると同作は映画祭で大絶賛され、大映関係者の殆どが受賞を期待しない中、見事金獅子賞を受賞。

ところが日本から制作関係者が誰も出席していなかったため、映画祭担当者が急遽街を歩いていたベトナム人を連れてきてトロフィーを受け取ることに。


その写真が世界に配信され、一時それが黒澤監督本人だと誤解されたと言いますから、笑うに笑えません。

そして試写会で作品をけなし途中で退席した永田社長は掌を返すように作品を絶賛したばかりが、受賞を自分の手柄のように話したというのですから、呆れます。

それを知ってか知らずか、黒澤監督は受賞祝賀会で


「日本映画を一番軽蔑してたのは日本人だった。


その日本映画を外国に出してくれたのは外国人だった。


これは反省する必要はないか。

浮世絵だって外国へ出るまでは殆ど市井の絵に過ぎなかった。

我々は自分にしろ自分のものにしろ、全て卑下して考え過ぎるところがあるんじゃないか?


どうして、日本人は自分たちのことや作ったものに自信を持つことをやめてしまったんだろう。


なぜ、自分たちの映画を擁護しようとしないのかな?」

と語ったとか。

その黒澤監督が北野武監督を評価し可愛がったのは、自分と同じく国内より海外で評価されたことに共感したのかもしれません。

そんな裏話を知った上で、是非戦後直後に撮影された日本映画の記念碑的作品を鑑賞してみてください。


       

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瘋 癲

随分と難しい漢字のタイトルですが、この言葉の意味は、『定職を持たず、また勉強もせず街中などをふらつくこと、または人』。


さて、何て読むでしょうか?

字を良~く見ると、お分かりいただけるかと・・・。


そう、正解は〝フーテン〟 なんです。 


この言葉で、まずピンとくるものと言えば、


 男はつらいよ


ギネスに世界記録として認定された最多回数・全48作を誇る寅さんシリーズでしょう。


その記念すべき第1作が封切られたのが、今からちょうど50年前の今日・1969(昭和44)年8月27日でした。


実はこの寅さんシリーズ・・・元々はフジテレビ系列で放映されたテレビドラマだったそうで、最終回で寅さんは沖縄でハブに噛まれて死んでしまいます。


でも、それを見た視聴者から 「俺たちの寅さんを、あんなふうに死なすとは何事だ!」 という抗議の電話が殺到。


ファンの熱意に応えるため、山田洋次監督が今度は周囲の反対を押し切って映画化したのだそうです。


しかしさすがの山田監督も、自ら製作した映画が、ギネスに載るほどの超人気シリーズになるとは思わなかったでしょうねェ。笑2


        

                    第一作のポスター


私が初めてこの映画を劇場で観たのは、大学生の時でした。


渋谷で午前0時過ぎまで麻雀に興じていた私は、先輩を見送っているうちに自分の乗るはずだった終電が出てしまい・・・一番安い夜明かし方法は? と友人と考えた末、オールナイトの映画館に2人で入ることに。


そこで上映されていたのが、寅さんシリーズの2本立てだったんです。


元来邦画は観ない方だったので、映画そのものには最初から興味がなく(始発まで寝られればイイや。) と、後方の空席に身体を沈めたのですが・・・結果的に一睡もできませんでした。


最初っから最後まで面白くて面白くて、涙を流しながら午前4時過ぎまで腹を抱えて笑い続け。 


涙目のまま始発に乗って帰宅したことを憶えています。


それからすっかり寅さんファンになった私・・・それ以降のシリーズは殆ど観たはず。


水戸黄門じゃないですが、筋立てはそんなに代わり映えしなくても下町人情に触れてホロッとできるこの映画は、決して飽きることはありませんでした。


寅さん役の渥美清さんが1996年に亡くなったために制作打ち切りとなりましたが、これから先も観る者の心を温め続けてくれることでしょう。笑2

では最後に、半世紀前の第1作(予告編)のHDリマスター版を、こちらでお楽しみください。



「2階の窓から女が見える」(※妹・櫻の名前をもじって)


「結構毛だらけ猫灰だらけ、○ツのまわりは○ソだらけ」


この名(迷?)セリフ、私は生涯忘れないでしょうネ。笑2


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続・恐怖感

続・・・といっても、昨日の記事と関連性はありません。あせあせ

今から45年前の今日・1974(昭和49)年7月13日に、世界的大ヒットとなった映画『エクソシスト』(The Exorcist )が、日本で公開されました。

    

(↑)は当時のポスターですが、鑑賞券の値段が800円ってところに時代を感じますネ。


それに因み、今日は


 オカルト記念日

なのだそうな。

皆さんはこの作品、ご覧になったことがあるでしょうか?

私はこの時、高校1年生・・・友人と一緒に映画館へ行きましたが、とにかく今まで観たことのない異常な映像に凍りつきました。

あの少女の首がグルッと後ろに回転するシーンは、今でも思い出すたびゾッとします。

    


ただテーマ音楽は大変気に入り、その後楽譜を手に入れてピアノで弾いたりしましたが・・・。

 ※そのテーマ音楽と共に映像の一部をご覧ください。


エクソシストとは悪魔払いの祈祷師を意味し、この作品はその祈祷師と少女に憑りついた悪魔との壮絶な戦いを描いたもの。

怖いもの見たさという心理が働くためか、オカルト映画ってヒットする確率が高いようで、『エクソシスト』 は1974年の世界興行収入第1位。

その後も2、3と続編が制作されそれなりにヒットしたようですし、同時に 『オーメン』 などの公開で、オカルト映画ブームが起こりました。

 ※『オーメン』に関する過去記事は、こちら。(↓)


そして1998年に公開された 『リング』 以降、『呪怨』 など日本映画の秀作が次々と登場し、逆にリメイク版がハリウッドで作られた程。

すっかり日本が本場のように・・・って、それらはホラー映画って呼ばれてますょネ。

ではオカルトとホラーはどう違うのか?


オカルトoccult )とは、秘学・神秘(的なこと)や超自然的な物や現象を指す言葉。

一般常識的には有り得ないような心霊現象、超常現象、UFO現象を指すとのこと。

一方ホラー(horror )とはの恐怖や嫌悪という意味を持ち、そういう感覚を観客に与える映画がそのジャンルに入ります。

ただ、その垣根をはっきり区別するのは難しいですょネ。

中にはホラー映画の一部としてオカルト映画が入るという意見もありますし。

そう言えば最近〝オカルト映画〟って、耳にしなくなった気もします。

じゃあ、スリラーとかサスペンス映画との違いは?なんて聞かれると、もうお手上げ。

さて、皆さんが今まで観た中で、一番怖い映画って何でしょうか?

えっ、私?

実はこのエクソシストとオーメン以降、所謂オカルトとかホラー映画はまともに観てないんですょ。

だって観た日の夜は、必ず化け物に追いかけられる夢を見てうなされるんですもの。
うー


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制 限

皆さんは映画鑑賞をされた際、画面の片隅にこんなマークが映し出されるのを観た記憶があるでしょう。(↓)

       

そう、いわゆる


 映 倫

ですが・・・この組織が設立されたのが今からちょうど70年前の今日のことでした。

意外と、古かったんですネ。

そしてこの組織、略称は映倫のままですが、今まで何度も正式名称が変わっているんです。


終戦と同時に日本を占領・管理したGHQは、当初映画の公開に際して検閲を行っていましたが、やがてマスメディア同様に映画界にも自主的な審査機関の設置を促すように。

そこで業界では1949(昭和24)年に 『映画倫理規定』 を制定し、今から70年前の今日・同年6月14日に映画倫理規定管理委員会 (旧映倫) を設立したのです。


当初は業界関係者のみによって運営されていたため、その管理・監督状況は甘く、1956年に公開された 『太陽の季節』 を始めとする、いわゆる太陽族映画を未成年者が鑑賞する事態となって社会問題化。

審査のあり方に、新聞などから批判の声が上がりました。

それを受けて文部省が規制法案を準備する状況になったため、業界ではあらためて映倫委員を外部の有識者に移植すると共に、映倫の運営を業界から独立させることとし、1956年12月から名称を
映画倫理管理委員会 (新映倫) に変更。

1972年に起きた日活ロマンポルノ事件では、日活だけでなく映倫も猥褻図画公然陳列幇助罪に問われましたが、判決は無罪に。


その後2009年4月には新たに 『映画倫理綱領』 を制定し、名称も映画倫理委員会と改称。


更に一昨年の2017年4月には一般社団法人化し映画倫理機構に。

現在は
委員長を含む5名の映倫委員と、その下に位置する映画界の各分野からの出身者8名の審査員によって、年間700本以上の長編映画をはじめとする劇場用映画・予告篇・ポスターなどの審査を行っているそうな。


またその運営費用全額を映画の審査料で賄っており、外部からの補助を一切受けず独立性を保っているとのこと。

私がまだ学生時代の頃は、所謂〝成人映画〟という制限というか括りしか無かったように記憶していますが、現在はさらに細かく4段階に区分されています。


     


(左上) 


 全ての年齢層が鑑賞可能な区分。

〝G〟はGeneral Audience (全ての観客) の略号。

PG12 (左下) 


 12歳未満(小学生以下)の鑑賞には、成人保護者の助言や指導が適当とされる区分。
〝PG〟は Parental  Guidance
(親の指導・助言)の略号。


R15+ (右上)


 15歳未満の入場・鑑賞を禁止する区分。いわゆる15禁。

〝R〟はRestricted (観覧制限)の略号。


R18+ (右下)


18歳未満の入場・鑑賞を禁止する区分。
いわゆる18禁・成人映画のこと。
この指定を受けるとテレビなどでの広告宣伝が出来ず、実質的に地上波テレビでの放映はほぼ不可能。

・・・私が高校生の頃は、老け顔だったせいか成人映画を観に行っても身分証の提示なしで入場できましたが、今はそんないい加減なことは出来そうもないですネ。
あせあせ


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悪 魔

今日は、6月6日。

毎年この日を迎えると、私はどうしても映画の


 オーメン
 The Omen


を思い出してしまいます。


       


※ちなみに “Omen ” とは、予知・予言という意味で、本来は良い意味でも悪い意味でも使われるそうな。


1976年に公開されたこの作品は、『エクソシスト』(1973年公開)とともに、ホラー映画の草分け的存在。


私がこれを映画館で観たのは高校生の時ですが、その時の衝撃は、ストーリーと共に今でも鮮明に記憶しています。


十字架が教会の屋根から落ちてきて牧師を直撃するシーンは、今思い出してもゾッとしますネ。

       


同作の根拠となっているのは、新約聖書の『ヨハネ黙示録』 13章の16-18章に書かれている次の言葉。


「また小さな者にも大きな者にも、富める者にも貧しい者にも、自由な身分の者にも奴隷にも、全ての者にその右手か額に刻印を押させた。

そこで、この刻印のある者でなければ、物を買うことも、売ることもできないようになった。

この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字である。

ここに知恵が必要である。

賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。

数字は人間を指している。 そして、数字は六百六十六である。」


6月6日午前6時に生まれたものの死産だったため、外交官のロバート・ソーンは同じ時刻に生まれた男の子の孤児を妻キャサリンにも秘密にして養子として引き取り、ダミインと名付けて育てました。

すくすくと育ったダミアンでしたが、そのうち奇怪な出来事が周囲で起き始め、やがてロバートは彼が悪魔の子であることを知り、自らの手で殺そうとするのですが・・・。

映画を観終わって帰宅するや否や、(誕生日が全く違うにも拘わらず)鏡を見ながら髪の毛を掻き分けて〝6・6・6〟が無いのを確かめて

(良かった~、オレ人間だ!)

な~んてホッとしたものです。あせあせ


外交官役を名優グレゴリー・ペックが演じたこの作品は、大ヒット。

※グレゴリー・ペックに関する過去記事は、こちら。(↓)



その後もシリーズ4まで作られましたし、私も全て観ました・・・が、2006年に公開されたリメイク版や2016年に作られたTVドラマ版は、原作のイメージが壊れるのがイヤで私は観ていません。

さて、こういったホラー映画に付き物なのは、怪談めいたエピソード。

日本ではよく 『四谷怪談』 の撮影・公演前には出演者やスタッフがお祓いに行き、参列しないと不幸な目に遭うという話は有名ですが、このオーメンに関してもいろいろと・・・。


まずグレゴリー・ペックと脚本家、それにプロデューサーの3人が撮影現場へ向かう途中、乗っていた飛行機に落雷が2回も直撃したかと思えば、グレゴリーペックの息子が撮影前に自殺。

『オーメン』公開から数ヶ月後の1976年6月13日の金曜日に、特殊効果担当だったジョン・リチャードソンが、別の映画撮影で訪れたオランダで交通事故に遭い、同乗していた助手であり恋人だったリズ・ムーアが死亡。 


それもオーメンに出てくる、カメラマンがガラス板で首をスッパリ切り落とされた如く、ムーアの遺体も真っ二つに切断されたとか。

おまけに事故現場の近くの標識にはOmmen (オンメン:オランダの都市) 66.6km〟と書かれていた・・・なんて話まで。

他にも訓練された犬たちが、なぜかトレーナーの命令を無視してスタントマンに噛みついて大怪我を負わせたり、プロデューサーが宿泊していたホテルがIRAの爆弾テロ攻撃にあったり・・・。


更には動物園でダミアンとの絡みのシーンを予定していたものの、調教師が出演予定のトラに噛み殺されたため撮影が中止になったなんて話までありましたから、シャレになりません。


では、主役のオーメンを演じた当時5歳のハーヴェィ・スペンサー・スティーヴンスは?

       

幸いにも、彼は特段不幸に見舞われることはなかったようです。
やはりストーリー同様、魔界に護られていた・・・訳ではないでしょうが。

しかし2年程前、撮影後1作に出演しただけで一般人として成長した彼の名が久しぶりにメディアによって報道されました。

それは、46歳になった彼がイギリスのウェスターハムでクルマを運転中、自転車に乗っていた2人と口論となって暴行を加え、有罪判決を受けたというもの。

裁判所に出頭したのが13日の金曜日だったというオマケつきで。


      


すわ、オーメンの祟りか? と騒がれたそうですが、さすがにコレは違うでしょうネ。あせあせ

噂ではリメイク版より怖いと言われているこの原作・・・まだご覧になっていない若い方は、是非どうぞ!


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